コラム

トランプ支持の強力なパワーの源は、白人を頂点とする米社会の「カースト制度」

2020年09月09日(水)17時00分

とはいえ、本書『Caste』の重要な部分はそこではない。カースト制度の最上層にいる者は、制度を守るためなら何でもやるというところだ。ヨーロッパの貴族や、アパルトヘイト時代の南アフリカの白人がそうだったように、現在のアメリカの白人はカースト制度が壊れるのを恐れている。その恐れが、現在のアメリカの社会不安定につながっているのだ。

アメリカにおける(ヒスパニック系を除く)白人の人口は、第二次世界大戦直後の1950年代には9割近くを占めていたが、2019年には6割まで減っており、2044年ごろには過半数を切ると考えられている。「白人である」というだけで、これまで許されてきたことが許されないかもしれない世界がやってくる。それは、多くの白人にとって、不安で、恐ろしいことなのだ。

カーストの最上層の特権を謳歌してきた白人には、民主党が主張するポリティカル・コレクトネスは彼らの特権を奪うためのスローガンに聞こえる。この本を読んでいるうちに納得できたのは、近年の大統領選挙で白人票の過半数を獲得した民主党候補がいないことだ。最近で最も多く白人票を獲得したのは1992年のビル・クリントンで、49%だった。2000年のアル・ゴアは43%、2004年のジョン・F・ケリーは41%、バラク・オバマは2008年に43%獲得したものの、2012年には39%と激減した。

黒人の大統領が生まれたことで「アメリカには人種差別はもうない」と主張する者がいたが、ウィルカーソンも書いているように、多くの白人にとっては「自分の生まれつきの身分を忘れた uppity (思い上がった、身の程知らずの)黒人」に対する嫌悪感をいだく、許せない出来事だった。「黒人が思い上がったことをしたら、自分の身分を思いださせるようにお仕置きしなければならない」という奴隷時代からの考え方を引き継いでいる白人たちは、これまで以上に黒人に対して頑なな態度を持つようになった。オバマ大統領が誕生したために、そのバックラッシュとして黒人に対する暴力事件がかえって増えていった。

2016年の大統領選で堂々と白人の優越感を鼓舞したトランプが白人票の58%を獲得し、クリントンが37%しか得られなかった最大の理由は、アメリカに存在するカースト制度なのだ。

トランプがどんなにスキャンダルを起こしても支持者が見捨てないのは、カースト制度の最上層の地位を失いたくない白人にとって、トランプが「最後の砦」だからだ。彼ほど厚顔無恥に白人の地位を守ってくれる大統領はこれまでいなかったし、これから先にもいないだろう。それがわかっているから、何があっても彼らはトランプを選び続けるのである。

白人男性である筆者の夫も同時に読んでいたのだが、彼もウィルカーソンの視点には納得していた。

非常に素晴らしい内容だからこそ、2020年の大統領選とその後のアメリカの社会状況に大きな不安を覚えさせる本でもある。


Caste:The Origins of Our Discontents
 Isabel Wilkerson
 Random House

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

<関連記事:トランプ当選を予測した大学教授が選んだ2020大統領選の勝者は?
<関連記事:「文化の盗用」は何が問題で、誰なら許されるのか? あるベストセラーが巻き起こした論争

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story