コラム

ハリウッドの映像製作で本当のパワーを持ち始めた女性たち

2019年03月19日(火)20時30分

最近はプロデューサーとして辣腕ぶりを発揮しているウィザースプーン Mario Anzuoni-REUTERS

<70年代アメリカのロックシーンを描いた小説『デイジー・ジョーンズ&ザ・シックス』の映像化に動いたのはいずれも有能な女性たちだった>

1970年代に誕生したイギリスのロックバンド「クイーン」と若くして世を去った伝説的なボーカリストのフレディ・マーキュリーを描いた映画『ボヘミアン・ラプソディ』は、全世界で大ヒットして、主演のラミ・マレックはアカデミー賞の主演男優賞を受賞した。

アルバム『オペラ座の夜』が発売された高校時代にレコードを買った私の世代にとっては懐かしさで胸が熱くなる映画だったが、生前のマーキュリーを知らない若い世代が熱狂したのは興味深かった。この感覚は、1970年代にティーンだった私たちの世代が、若い頃に「ジャズ時代」(あるいは「狂騒の20年代」)と呼ばれる1920年代を舞台にした『グレート・ギャツビー』に惹かれたのと似ているかもしれない。

それぞれの時代の特異な出来事は、小説や映画としてそれを体験していない世代にもノスタルジックな感情を伝えてくれる。F・スコット・フィッツジェラルドは同時代の作家としてジャズ時代を描いたわけだが、それを映画化したロバート・レッドフォード主演の名作『グレート・ギャツビー』は、ラミ・マレック主演の『ボヘミアン・ラプソディ』のように若い世代が体験していない時代の重要なエッセンスを伝えた名作だ。

「セックス、ドラッグ、ロックンロール」の1970代ロックシーンを描いたベストセラー作家 Taylor Jenkins Reidの新刊『Daisy Jones and The Six(デイジー・ジョーンズ&ザ・シックス)」』も、その時代特有のエッセンスを伝える作品のひとつだ。

この小説は、現在のノンフィクション作家が1970年代の架空のバンドについて書いた本という形式を取っている。1970年代にアルバム『オーロラ』で人気の頂点に達したロックバンド「デイジー・ジョーンズ&ザ・シックス」は、その全米ツアーの最中に突然解散した。この「作家」は、8年間にわたって生き残ったバンドのメンバーや家族を取材し、バンドの誕生から解散までの「真相」を追った。

ロサンゼルスの裕福で放任主義の両親に育てられたデイジー・ジョーンズは14歳から1人でクラブやロックシーンに出没し、そこで年上のロックミュージシャンとつきあったりするトップクラスのグルーピーだった。美しくて奔放なデイジーに恋する男は多かったが、彼女は誰の言いなりにもならない頑固さを持っていた。生まれつきの作詞の才能や独自な声を持つデイジーは、創作の意欲にかきたてられてシンガーソングライターになる。

一方、父が家族を捨てたために幼いときから母子家庭で育ったビリー・ダンは父が残したギターをきっかけに音楽にのめりこむようになり、弟のグレアムと「ダン・ブラザーズ」というバンドを結成していた。だが、メンバーが6人に増えたことから「ザ・シックス」と名前を変え、同じ頃にレコード・プロデューサーのテディ・プライスに見出されてデビューを果たした。

実力はあるがいまひとつ商業的なインパクトが少ない「ザ・シックス」は、ツアーの前座をしていたデイジーと試験的に一緒にアルバムを作ることになる。ゲスト的な存在としてレコード企画に招かれたデイジーは、同等の立場を要求し、ビリーと衝突する。その結果「全員が納得できない」という点で平等な「デイジー・ジョーンズ&ザ・シックス」というバンド名でアルバムを作ることが決まる。

これまでリーダーとして専制君主的にバンドを率いてきたビリーだが、デイジーの影響で誰もが意見や文句を言うようになり、バンド内の緊張が高まっていった。自分の音楽に過剰とも言える情熱と自信を持つカリスマであるビリーとデイジーは、自分たちも認めたくない愛と憎しみが混じり合った情熱にかられてアルバムを作っていく......という筋書きだ。

1970年代のロックを聴いていた人なら、「デイジー・ジョーンズ&ザ・シックス」を読みはじめてすぐに「フリートウッド・マック」を連想することだろう。デイジーはスティービー・ニックス、ビルはリンジー・バッキンガムだ。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story