コラム

トランプ勝利を予測した教授が説く「大統領弾劾」シナリオ

2017年05月12日(金)17時00分

ロシア疑惑を捜査していたFBI長官をトランプ政権が解任したことにホワイトハウス前で抗議する人たち Jonathan Ernst-REUTERS

<トランプ当選を予測した教授は同時にトランプ弾劾も予測していた。ロシア疑惑や女性問題など、現実的に弾劾に繋がりそうな材料は揃っている>

昨年のアメリカ大統領選では、大手メディアから予測の専門家に至るまで、ほとんどの人がヒラリー・クリントンの勝利を予測していた。そのなかで、9月の時点でトランプ勝利を予測して注目されていた専門家がいた。

それは、ワシントンDCにあるアメリカン大学(American University)で政治史を教えるアラン・リクトマン教授だ。独自のメソッドを使い、1984年から現在に至るまで、すべての大統領選を正確に予測してきた人物だ。

大統領選で勝利したトランプは、リクトマンに「教授、おめでとう。正しい判定だったね」という手紙を送った。リクトマンは苦笑したにちがいない。なぜなら、彼は同時にトランプ大統領が弾劾されることも予測していたのだから。

なぜリクトマン教授はトランプが弾劾されることを予測したのか? それを説明するのが、4月に刊行されたばかりの『The Case for Impeachment(弾劾の論拠)』だ。

大統領の「Impeachment(弾劾)」の仕組みは、一般のアメリカ人にも馴染みが薄い。

簡単に説明すると次のようなプロセスになる。
(1)大統領が、反逆罪、収賄罪、あるいはその他の重罪及び軽罪を犯した疑いがあるとき、司法省あるいは独立検察官が調査して、下院の司法委員会に報告する。
(2)下院の司法委員会が証拠を吟味し、弾劾に匹敵するかどうか討論する。
(3)司法委員会が弾劾を薦める決意をしたら、次は下院全体で討論を行い、採決する。
(4)下院では過半数の賛同で弾劾決議になる。
(5)次に上院で弾劾裁判が行われる。
(6)上院での弾劾裁判では、出席者の3分の2が賛同すれば、大統領は有罪になり、罷免される。

これまでに弾劾された大統領はアンドリュー・ジョンソンとビル・クリントンの2人だけだ。2人とも下院で弾劾される(5)までは行ったが、上院での弾劾裁判では無罪になり大統領の座を追われることはなかった。

ウォーターゲート事件で追い詰められたリチャード・ニクソンは、プロセスの(2)の段階で自ら辞任した。

【参考記事】トランプのロシア疑惑隠し?FBI長官の解任で揺らぐ捜査の独立

アメリカの建国の父たちは、大統領が独裁者として暴走しないように弾劾制度を作ったのだが、このように、それで罷免された大統領はまだいない。政治歴史学の専門家であるリクトマンは、それを承知のうえでトランプ大統領の弾劾と罷免を予測している。それどころか、大統領就任の1月から本書が発売された4月までのトランプの言動から、その確信がさらに強まったという。

リクトマンがそう感じるのは、「歴史から何も学んでいないらしい(トランプ)大統領が国民の信頼を悪用し、裏切り、罷免される可能性がある数え切れないほどの違反行為で、弾劾のお膳立てをしている」からだ。

「数え切れない」というのは大げさではない。リクトマンは、「ドナルド・トランプは、私利のために多くの法を破ってきた。彼の違反行為の履歴は、これまでの大統領とはくらべものにもならない」と前置きして、本書でこれまでの例を網羅している。また、トランプは「大統領がやることは違法ではない」と公言していたニクソンと同様の考え方をしているので、これからも重大な過ちを犯す可能性がある。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 7

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 8

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの…

  • 9

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 8

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story