コラム

レイプ事件を隠ぺいした大学町が問いかけるアメリカの良心

2015年09月02日(水)17時40分

 さらに性犯罪を起訴する立場にいる女性検事は、モンタナ大学が「有罪」の判定を下して退学を言い渡した男子学生を、無罪にするよう大学に訴えている。国の組織である司法省が入り込んで調べたところ、2008年1月から2012年5月までにレイプ被害者からの訴えに応じてミズーラの警察が捜査に乗り出したケースが350件あるのに、この検事はただの1件も起訴していない。

 このレイプ事件の真相に迫るノンフィクション『Missoula: Rape and the Justice System in a College Town』を書いたのが、『空へ―「悪夢のエヴェレスト」』や『荒野へ』といった、厳しい自然に挑戦する人々とその敗北を描いてきた作家ジョン・クラカワー(Jon Krakauer)だ。

 性被害のノンフィクションを女性作家が書くと、「またフェミニストが騒いでいる」と読みもしない人が多い。だが、本当に読んでほしいのは、そのような人々だ。アウトドア派の若者にファンが多いクラカワーが書いたことで、普段ならこうしたテーマを避けている読者の手に届くだろう。私はクラカワーに心から感謝した。

 作家としてのクラカワーの素晴らしいところは、レイプ被害者だけでなく加害者の視点を通じて、事件を身近に体験させることだ。読んでいるうちに、胸が痛くなり、涙が出てくる。被害者だけでなく、加害者の親としてのやるせない気持ちを体験するのは辛いものだ。

 でも、この「辛さ」を体験することが重要だと思う。

 多くのレイプは、普通の人が想像するような「夜道で見知らぬ男から襲われる」ケースではない。加害者と被害者が知り合いで、しかも、加害者が自分の行為は「レイプ」ではなくただのアグレッシブな性体験だと思っていることが多い。

 ポルノ映画の知識しかなく、体験があまりない若い男子学生は、相手が「ノー」と言って抵抗しても、病院に行くほどの怪我をしても、それが性体験の一部だと思いこんでいるふしがある。だから、被害者からレイプだと訴えられて心底驚く。そして、かえって自分が犠牲者だと思い込んだりする。 被害者がどれほど心的外傷を受け、生涯人間不信や不安発作などの心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しむか、想像もしていない。本書でも触れているが、ポルノや男女の役割に関する社会的な信念などが間違った性知識を生み出している。

 また、ナイーブな新入生の女子大生を狙うパーティを計画する男子学生もいる。それを得意げに告白するのは、被害者が泣き寝入りするのを計算に入れているからだ。訴えて損をするのは騙された女子大生の方なのだから。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story