コラム

地方病を撲滅し医学が勝利した栄光の地、甲府盆地西部を歩く

2019年11月21日(木)17時30分

撮影:内村コースケ

第13回 昭和町風土伝承館・杉浦醫院 → 韮崎大村美術館 → 韮崎駅
<平成が終わった2019年から東京オリンピックが開催される2020年にかけて、日本は変革期を迎える。令和の新時代を迎えた今、名実共に「戦後」が終わり、2020年代は新しい世代が新しい日本を築いていくことになるだろう。その新時代の幕開けを、飾らない日常を歩きながら体感したい。そう思って、東京の晴海埠頭から、新潟県糸魚川市の日本海を目指して歩き始めた>

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「日本横断徒歩の旅」全行程の想定最短ルート :Googleマップより

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これまでの12回で歩いてきたルート:YAMAP「活動データ」より

◆世界に稀に見る「医学の完全勝利」

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今回のスタート地点、昭和町風土伝承館・杉浦醫院

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杉浦醫院の敷地内にある「地方病流行終息の碑」

今回のスタート地点は、「昭和町風土伝承館・杉浦醫院」である。前回は、武田家の隆盛と共にあった甲斐国のいわば表の歴史に触れながら甲府の市街地を歩いてきたが、今回は知られざる裏の歴史も見ていきたい。そのために、少し回り道になったが、前回は中央自動車道・甲府昭和インターから徒歩20分ほどのこの地まで歩いてきた。

武田家滅亡後も、幾度かの領主交代を経て江戸幕府の直轄領として続いた甲斐国は、明治維新後、そのままの領域で山梨県に生まれ変わった。そして、一部が資料館として公開されているここ杉浦醫院は、山梨県誕生後の明治から昭和にかけて、甲府盆地の人々を苦しめた「地方病」との戦いの記念碑的存在である。

「地方病」とは、この地方にかつて発生していた人命に関わる重い感染症のことだ。山梨の人々は、特に甲府盆地一帯を集中的に襲った病気(他の地方にも発生地はある)であることから、今ももっぱら「地方病」と呼んでいる。重症になると肝硬変を起こし、腹水がたまって腹が膨れ上がり、黄疸が出て死に至る恐ろしい病気で、長い間原因不明の奇病とされてきた。甲斐国には、貧しい農民ばかりがかかることから、貧農に生まれたものの宿命だと、半ばあきらめと共にこの地方病と付き合ってきた歴史があった。

しかし、明治以降、地元の医師らが立ち上がって原因究明、治療、撲滅に尽力。100年余りの戦いを経て、1995年にようやく終息宣言が出された。甲斐国・山梨県の人々を長く苦しめてきた地方病の正体は、現在も東南アジアなど世界中で発生している寄生虫病=「日本住血吸虫症」であった。住血吸虫症は世界各地で発生しているが、完全に撲滅したのは世界で日本だけだとされる。つまり、山梨の人々は、住血吸虫症に対し、世界でも稀に見る「完全勝利」を果たしているのだ。寄生虫病のイメージの悪さからあまりPRされていないようだが、大いに誇るべき輝かしい歴史だし、それを抜きにして山梨の近代史は語れないだろう。

戦いの舞台の一つとなった杉浦醫院の敷地内には、勝利を記念する「地方病流行終息の碑」がひっそりと立つ。より詳細な歴史を紐解きたい人は、是非、杉浦醫院内の展示や資料に目を通していただきたい。

◆解明された「中間宿主」

感染症の要因となる寄生虫は、1904(明治37)年に、地元医師の三神三朗と協力者の岡山の医師・桂田士郎によって発見された新種の住血吸虫、「日本住血吸虫」だと判明した。しかし、その感染経路は依然謎だった。地元では長く飲み水であるとする経口感染説と、水田に入ると足の皮膚がかぶれる症状がよく見られたことから、皮膚から感染する経皮感染説に二分されていた。感染経路が分からないまま、甲府盆地の農民たちは決死の覚悟で水を飲み、水田に入って農作業をしていたと言っても過言ではない。

日本住血吸虫が人間の体に入ると、最終的には血管内部に巣食い、生殖・産卵を行ってどんどん増えていく。これによって肝硬変を起こし、死に至るのである。研究により、日本住血吸虫は幼虫の段階で寄生し、ヒトや犬猫などの哺乳類の体内で成虫となることが分かった。つまり、ヒトなどに寄生する前に幼虫が寄生する「中間宿主」の解明が急務となった。中間宿主ごと幼虫を排除する水際作戦で、病気を撲滅できると考えられたからである。今回のスタート地点となった杉浦醫院の杉浦建造とその息子の三朗は、その研究と撲滅に尽力した郷土医である。

1910-11(明治43-44)年に山梨県医師会が行った地方病の罹患率の初めての本格的な調査で、3回前のこの「徒歩の旅」(第10回・甲斐大和駅→勝沼ぶどう郷駅→塩山駅)で歩いた甲府盆地最東部の勝沼あたりでは一切発生がなく、続く第11回・12回で歩いた地域(塩山―甲府)から徐々に増え、甲府を過ぎたあたりから韮崎にかけての甲府盆地西部、つまり今回歩いている地域で一気に罹患率が上がることが分かった。中でも、釜無川(富士川の地域名)流域が最も高かった。

そして、この調査を端緒に解明された中間宿主が、「ミヤイリガイ」という淡水性の巻貝であった。ミヤイリガイを媒介して、経皮感染することが判明したのである。

この経緯をふまえ、僕は、杉浦醫院から2km余り西を流れる釜無川を目指して歩き始めた。川の向こうには、雪をかぶり始めた南アルプスの山々が霞む。釜無川の西岸は、特に地方病が流行した村々が合併した現・南アルプス市である。

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杉浦醫院から釜無川へ向かうと鉄塔の向こうに南アルプスが見えた

プロフィール

内村コースケ

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。外交官だった父の転勤で少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験。かねてから希望していたカメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「書けて撮れる」フォトジャーナリストとして、海外ニュース、帰国子女教育、地方移住、ペット・動物愛護問題などをテーマに執筆・撮影活動をしている。日本写真家協会(JPS)会員

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