コラム

『スーホの白い馬』は悲し過ぎる 日本の子供たちに勇気と冒険の物語を

2020年10月14日(水)17時10分
李 娜兀(リ・ナオル)

HISAKO KAWASAKI-NEWSWEEK JAPAN

<読む人の感情を揺さぶる素晴らしい文学作品には違いないが......>

実は私は『スーホの白い馬』の物語がちょっと苦手だ。あらすじは日本で小学校に通った多くの方ならご存じだと思う。モンゴルの少年と固い絆で結ばれた白い馬の物語だ。足の速い白い馬は殿様に気に入られ少年から奪われるが、馬は少年のもとへと逃げ出す。しかし兵士たちに矢で射られ、少年の腕の中で息を引き取る。少年は死んだ馬の体を使って楽器「馬頭琴」を作った。

この話を最初に聞いたのは、当時小学2年だった長女が、宿題で声を出して教科書を読む「音読」をしたときだった。その衝撃は今でも忘れられない。「こんな悲しい話があるだろうか」と、聞きながら思わず涙が出てしまった。

『スーホの白い馬』は、それだけ読む人の感情を揺さぶる素晴らしい文学作品だと思う。実際、当時一緒に住んでいた私の母も、この話に感動して本を買って韓国に持って帰ったほどだ。ただ、正直に言って、音読の宿題が次のお話へと移ったときにはほっとした。あまりに悲し過ぎるからだ。

それから8年後、次女が小学2年となり、すっかり忘れていた『スーホ』の音読の季節が再びやって来た。長女はそれほどでもなかったのだが、次女は私に似たのか、かなり衝撃を受けたようだ。教科書を見てみると、白い馬が矢に刺され、死にそうになる場面の横に「死なないで! 死なないで!」と鉛筆で書き込んでいた。それを見て、また私は涙がこぼれそうになった。

2年前の話を思い出したのは、小学4年となった次女が、こんどは『ごんぎつね』を音読しているからだ。これも日本の皆さんはご存じの話だと思う。いたずらのおわびに栗やマツタケを届けたきつねが、銃で撃ち殺されてしまう物語だ。これも何とも悲しい。

「死」について考える意義はあるが

いずれも名作であることに疑いはなく、動物の死を通して、全ての人間にとって避けられない問題である「死」を考えるという意義もあるのだと思う。

しかし、アメリカで小学校に通った私にとって、印象に残る物語の多くはどちらかというと勇気と冒険、挑戦と希望に焦点が当たっていた。女性が主人公の話が特に記憶に残る。19世紀初期に米西部を初めて横断したルイスとクラークの探検を成功に導いたアメリカ先住民族の少女サカジャウェアの物語や、奴隷だった女性ハリエット・タブマンが奴隷制度に立ち向かう話、当時のさまざまなタブーを乗り越えて女性初の大西洋単独横断飛行に成功したアメリア・エアハートの活躍などだ。いずれの話も初めて読んだときの、わくわくする感じは今も忘れることができない。

プロフィール

外国人リレーコラム

・石野シャハラン(異文化コミュニケーションアドバイザー)
・西村カリン(ジャーナリスト)
・周 来友(ジャーナリスト・タレント)
・李 娜兀(国際交流コーディネーター・通訳)
・トニー・ラズロ(ジャーナリスト)
・ティムラズ・レジャバ(駐日ジョージア大使)

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、FDA長官に外科医マカリー氏指名 過剰

ワールド

トランプ氏、安保副補佐官に元北朝鮮担当ウォン氏を起

ワールド

トランプ氏、ウクライナ戦争終結へ特使検討、グレネル

ビジネス

米財務長官にベッセント氏、不透明感払拭で国債回復に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでいない」の証言...「不都合な真実」見てしまった軍人の運命
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 6
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 7
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 8
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 9
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 10
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 9
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 10
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story