コラム

「みんなのための資本論」と99%のための資本主義

2016年10月18日(火)16時23分

<クリントン政権のときの労働長官であったロバート・B・ライシュの主張を基にしたドキュメンタリー『みんなのための資本論』に注目しながら、ライシュによる現代社会への処方箋を読み解く>

 経済の話題を理解できる、優れた映画がいくつもある。特にここ数年では、ノンフィクションで見るべきものが多い。大相撲の八百長のメカニズムなど、人間の行動動機を追った『ヤバい経済学』、リーマンショックに揺れる世界を描いた『インサイド・ジョブ』(アカデミー記録映画賞受賞)、辛口ドキュメンタリーを発表し続けるマイケル・ムーアの『キャピタリズム』『シッコ』など、日本公開されたものも多い。ムーアの最新作の『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』は、欧州各国の雇用・社会保障の美点を広く紹介していて刺激的だ。

ロバート・B・ライシュの「好循環」の図式

 今回注目したいのは、クリントン政権のときの労働長官であったロバート・B・ライシュの主張を基にし、彼を"狂言回し"的に出演させた『みんなのための資本論』(字幕監修:山形浩生、2015年日本公開)だ。最近、何度かNHKでも放送されたので見た人も多いだろう。

 個人的にはライシュのイメージは悪い。クリントン政権のときに力のあったローラ・タイソンら戦略貿易論・産業政策論者グループという印象が強く、対日本での貿易交渉で経済的混乱を生み出した元凶だと思っていたからだ。簡単にいうと自由貿易体制というよりも政府介入で(保護貿易的手法も排さずに)貿易の"不整合"を正せるという発想である。

 またライシュは、企業横断的な労働組合(産業別労働組合)が交渉力を高めることで、経済のセーフティネットが構築できるという見解をずっと持ち続けている。この点については、辻村江太郎が『日本の経済学者たち』(1984年、日本評論社)の中で、ライシュの労働組合観は、アメリカ型の協調寡占体制を前提にしているものとして批評している。

 アメリカ型の協調寡占とは、ある産業にはごく少数の企業が生産を行っている(これを寡占という)。イメージ的には米国の自動車産業などの大量生産方式を採用している企業だ。これらの企業は大規模な工場やオートメーション化に投資を行っているが、一度景気が悪くなると「過剰生産」に陥りやすい。つまり需要減に対応してその大規模な固定投資を清算しずらいとライシュはいう(ライシュ『ネクストフロンティア』三笠書房、1983年)。

 そのためライバル企業同士が、この業界の「過剰生産」に対応しようと、生産調整のための一種の"カルテル"を組むという。価格面ではあたかも各企業が一体になって独占的に価格を設定するだろう。これをプライス・リーダーの価格支配力が強い、という。この企業をまたいだ生産調整(裏面では雇用調整、例えば一時帰休などのレイオフ)を容易にするために企業横断型の労働組合の必然性が生まれるという。

 他方で、ライシュはフォード自動車が20世紀の始めに採用したように、経済成長が安定化しているときは、企業横断型の労働組合は、協調的寡占にある企業に対して(市場の相場に比して)高めの賃金を実現しやすい。つまり組合と企業側が好不況に応じて貸し借りを行うようなものである。

 高い賃金は、労働者の生活水準の底上げになり、中間層を養う経済的基盤になる。中間層はその旺盛な消費によって経済成長の安定化を持続させるだろう。経済成長は協調型寡占とその裏面の企業横断型組合を維持し、それが高い賃金に至る、そしてまた消費に...と経済の「好循環」が生み出されるという認識をライシュは持っていた。

 この「好循環」の図式は基本的に、ライシュのキャリアを通じて変化することがない、彼のアメリカ経済への視座だ。今回の『みんなのための資本論』の中でもこの「好循環」のエッセンスを、いかに現代に再生するかに、彼の問題意識は集約されていた。

プロフィール

田中秀臣

上武大学ビジネス情報学部教授、経済学者。
1961年生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は日本経済思想史、日本経済論。主な著書に『AKB48の経済学』(朝日新聞出版社)『デフレ不況 日本銀行の大罪』(同)など多数。近著に『ご当地アイドルの経済学』(イースト新書)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRB、一段の利下げ必要 ペースは緩やかに=シカゴ

ワールド

ゲーツ元議員、司法長官の指名辞退 売春疑惑で適性に

ワールド

ロシア、中距離弾でウクライナ攻撃 西側供与の長距離

ビジネス

FRBのQT継続に問題なし、準備預金残高なお「潤沢
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story