コラム

「みんなのための資本論」と99%のための資本主義

2016年10月18日(火)16時23分

労働組合に経済活性化の比重を置いているように思える

 ところでこのようなライシュの見取り図に対して、先の辻村江太郎は反論している。ちなみに以下の辻村の主張は日本経済が世界第二位で、経済的パフォーマンスが先進国の中でも良好であった1980年代前半のものであることに留意されたい。

 辻村のライシュ批判は、ライシュが肯定的に語る米国の協調型寡占(と企業横断型労働組合)は生産性向上の点で、日本との競争に負けている、とするものだった。80年代の米国の自動車産業や鉄鋼産業の苦境は、まさにこのライシュが「好循環」を生み出すという協調型寡占体制にこそ原因がある。なぜ日本の生産性が上か。

 辻村は日本の産業が「競争的寡占」の状態にあるという。寡占は先ほど説明したように産業に属する企業数がごく少数のケースだ。この企業たちはお互いに厳しい競争状態にある。各企業は少しでも市場占有率を奪取しようと虎視眈々としている。例えば不況で「過剰生産」が生じても、個々の企業努力の優劣によって市場占有率が変化するととらえる。経営者だけではなく、企業ごとに形成された労働組合(企業別労働組合)もまたライバル企業に対して強い闘争心を持っている。各企業はお互いに労使一体となってライバル企業との競争にまい進するだろう。

 「企業間競争は各社の従業員に運命共同体の意識を目覚めさせ、その意識を生産性向上努力に結集させていく。アメリカのように生産物市場が協調寡占で、プライス・リーダーがゆるぎない支配力を行使できるのであれば、本来的に生産性向上への圧力は働かないのである。従業員が企業間競争を意識しない場合は、結束する必要も感じないから、自分自身の利害だけ考えればよく、むしろ個人間競争の意識が強くなって、個人能力相互の補完性が阻害されることにもなる」(辻村前掲書、23頁)。

 ここで興味深いことは、米国的協調寡占の方が、協調するがゆえにエゴイズムを生み出しやすいと、辻村が指摘していることだ。他方で、ライシュ自身は、協調寡占と企業横断型労働組合が安定していた戦後から1970年代真ん中までを「全員参加」で繁栄の果実を共有できた時代だとしている(ライシュ『余震 そして中間層がいなくなる』東洋経済新報社、2011年)。

 ところが辻村はこの「好循環」の中に、すでに個人間の競争を過度に刺激し、やがて他者よりもより多い成果を自分だけで独り占めするエゴイズム、強欲に至る社会分断の可能性を示唆している。これは面白い指摘だ。

 ちなみに辻村もライシュと同じように貿易は国と国が勝敗を決める競争場だと思っていること、産業政策(政府による経済的誘導)を支持していることに留意しておきたい。

 とりあえずここまででライシュの経済論の特質はわかっていただけただろう。より直接的にいえば、労働組合に経済活性化の比重を置いているように思える。

プロフィール

田中秀臣

上武大学ビジネス情報学部教授、経済学者。
1961年生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は日本経済思想史、日本経済論。主な著書に『AKB48の経済学』(朝日新聞出版社)『デフレ不況 日本銀行の大罪』(同)など多数。近著に『ご当地アイドルの経済学』(イースト新書)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

物価目標の実現「着実に近づいている」、賃金上昇と価

ワールド

拙速な財政再建はかえって財政の持続可能性損なう=高

ビジネス

トヨタの11月世界販売2.2%減、11カ月ぶり前年

ビジネス

予算案規模、名目GDP比ほぼ変化なし 公債依存度低
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 2
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 10
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story