コラム

ドイツの夜間外出禁止令は、結局、クラブ・パーティの秘密化を助長する

2020年11月18日(水)17時00分

世界最高のクラブのひとつと評価される「ベルクハイン」の入り口ドア。ベルリンのクラブは3月14日から閉鎖されたままだ。

<深刻な第二波。ヨーロッパの中でも独特の文化的・経済的重みを持つベルリンのクラブ文化は、危機に瀕している......>

クラブ文化の冬

ベルリンのクラブは3月14日から閉鎖されたままだ。この9ヶ月の間、「通常」に戻ることへの期待は何度も否定され、現在では、深刻な第二波と直面しており、EUの主要都市では、ふたたびロックダウンが開始された。換気の悪い地下空間で、一緒に汗をかく集団的な喜びに基づく文化は、早くからCOVID-19のクラスター感染リスクとして特定されてきた。

この10年で、都市の富裕化により、多くのクラブが高騰する家賃を払えず破産に追い込まれた。そして追い打ちをかけるように、パンデミックによってクラブは死をむかえようとしている。パンデミックが長期化し、社会的責任と行動の境界が曖昧になるにつれて、クラブ・コミュニティを一方的に排除しようとする人々と、クラブ・パーティへの強い衝動を持つ人々との間の対立も激しさを増している。

クラブ文化の経済的影響力

パーティーシーンはベルリンの主要な経済的要因である。これまでベルリンのクラブ文化は、年間15億ユーロ(約1,840億7千万円)の夜間観光収入を生み出してきた。首都へのすべての観光客の4分の1にあたる年間300万人の目的はクラブだった。

ベルリンのクラブは約9,000人を雇用し、国内外のフリーランス・アーティストを含めると数千人ものネットワークがある。ベルリンのクラブは、ヨーロッパの中でも独特の文化的・経済的重みを持っている。

2020年10月下旬、ベルリンで最も有名なクラブ「ベルクハイン」が、2009年に軽減税率を求めて起こした訴訟の最終判決が、11年の歳月を経て下された。ドイツ政府はクラブとその活動を、単なる娯楽ではなく、文化芸術として認定し、クラッシックやポップ・コンサートなどと同様の活動として認める判決を示した。

ハウスDJとテクノDJによるライブパフォーマンスは、ドイツ連邦財政裁判所(Bundesfinanzhof:BFH)によって「コンサート」として公式に認められ、クラブ・イベントのチケットにかけられる税率を19%から7%に減額することを命じた。BFHの画期的な判決によって、クラブは「コンサート」イベントとして再定義された後、より低い消費税率の対象になったのである。

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2004年、旧東ベルリンの発電所を改装、天井高18メートルのダンスフロアに1,500人を収容するベルクハイン。「Berghain」という名前は、クラブの南側と北側に隣接する2つの市区の名前であるKreuzberg(クロイツベルク:旧西ベルリン)とFriedrichshain(フリードリヒスハイン:旧東ベルリン)を組み合わせたもので、東西ベルリンの融合を象徴している。

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2015年、ベルリンのメルセデス・アリーナでのコンサートにつめかけた大群衆。社交距離制限のない大規模なコンサートは、いまだに開かれていない。感染の第二波により、ドイツ政府は11月2日から再び劇場、コンサートホール、レストラン、カフェまでを閉鎖した。


BFHの判決文は、「重要なのは、ゲストが音楽を求めて来たかどうかである。そうであれば、ターンテーブル、ミキシング・コンソール、CDプレーヤーは、少なくとも音声メディアを再生するだけでなく、音楽を演奏するために使用され、楽器としてカウントできる」と指摘した。さらに判決文では、「DJは、広義の楽器を使用して独自の音の流れを作成することにより、独自の新しい音楽を演奏する」と定義した。つまり、テクノは単なるビートではなく音楽であり、DJはミュージシャンであることが正式に認定された。

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ドイツ連邦財政裁判所の裁定により、クラブは「コンサート」として、ターンテーブル、ミキサー、CDプレイヤーなどは「楽器」として、DJは「演奏家」として認定された。©Michal Andrysiak

クラブ文化を守り育成する

1989年にベルリンの壁が崩壊した直後、廃墟と化した建物や旧発電所の巨大な空間を利用してダンスフロアが立ち上がった。それは、東西ベルリンの分断によって生じた人々の社会的・経済的な格差を、脇に置くことができるグラウンド・ゼロとしての役割を果たしてきた。

しかし今、COVID-19がクラブ文化に終止符を打つのではないかという懸念を多くの人が感じている。パンデミックの最中、もしかしたらその時が来るかもしれないと感じながら、クラブの閉鎖に立ち向かう試みも始まった。テクノを存続させるための代替案はすぐに現れた。

独仏共同出資テレビ局であるARTEによるUnited We Streamは、ロックダウン初日の3月13日に立ち上げられ、クラブやアーティストのための50万ユーロ(約6,200万円)の寄付を集めた。しかし、ベルリンの地下にある巨大なクラブで、無観客のままひとりでプレイするDJが、一斉にラップトップ画面に映し出されるという非現実的な目新しさは、次第に薄れていった。

ベルリンのクラブ委員会は、20年前に設立され、世界で初めてクラブ文化を保護し成長を支援するための組織となった。現在、連邦政府のさまざまな省庁にロビー活動を行い、夜間経済の合法化について世界中の都市に助言し、ベルリンにある約280のクラブの発展を先導している。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

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