コラム

衰退するショッピングモール、再生を模索する欧州

2020年09月22日(火)13時30分

ショッピングモールは都市農業拠点として再生する? モスクワにある世界最大の都市型垂直農園「RusEco」(C)RusEco

<世界各地で衰退しつつあるショッピングモール。ドイツ、ヨーロッパで行われつつあるその再生の試みを紹介する......>

消費の宮殿:その歴史と死

世界の消費文化のシンボルだったショッピングモールが瀕死の状態にある。欧州におけるショッピングモールの首都と評されるベルリンでも、次々と消費の宮殿が閉鎖の一歩手前をさまよっている。パンデミック以前から、大規模モールは時代遅れの象徴だった。モールは本当に死をむかえるのか、それとも変わるのか?

20世紀で最も成功したユダヤ人建築家の一人であるビクター・グルーエンは、1903年にオーストリアのウィーンに生まれ、ナチスの台頭により1938年にアメリカに亡命、後に「アメリカを変えたショッピングモールの父」としてその名を轟かせた。しかし彼は晩年、自ら生み出したショッピングモールを「ろくでなしの計画」だったと自戒した。その理由は、全米で過熱した郊外型ショッピングモール建設が、都市が必要とする図書館や病院といった本来のインフラ投資を停滞させ、結果、都市の中心部の消費環境までを破壊したとグルーエンは回顧している。

グルーエンが思い描いた20世紀の消費の宮殿は、都市の周縁に配置された。それは、ロンドンのハロッズやパリのギャラリー・ラファイエット、そしてベルリンのKaDeWe(カーデーヴェー)などの大型デパートとは異なるアイデアだった。デパートは、複数階建ての中心都市部の大型小売店だったが、ショッピングモールは、クルマで行く郊外にあり、多数の独立した店舗が大きな複合施設に集まっていた。これは、住民を都市から脱出させる郊外化現象を促し、結果、グルーエンは都市の空洞化と破壊をもたらした人物とみなされた。

グルーエンが創造したショッピングモールの時代が本当に終わろうとしている。ソーシャル・ネットワークの台頭、オンライン・ショッピングの飛躍的な増加、低価格や専門小売店へのシフトは、かつて華やかだったモールを廃墟化させつつある。ベルリンには、過剰なほどのあまりに多くのショッピングモールがある。実際、ベルリンほど多くのショッピングモールがある都市は、ドイツどころかヨーロッパ各地にも見当たらない。旧東ドイツ時代、バナナでさえ稀少品だった旧東ベルリン市民の貪欲な消費願望が、この都市を消費のセンターに押し上げていったのかもしれない。

消費主義の転回

2018年、ベルリンのシュプレー川沿い、フリードリヒスハイン地区に時代遅れを絵に書いたような大規模な「イーストサイド・モール」がオープンした。これを評して、多くの地元メディアが「ベルリンの69番目のショッピングセンター」と皮肉を込めて記述したが、同時にベルリン上院は、市全体で73のショッピングモールがあると報告した。

壁の崩壊直後の1990年代初頭、荒れ果てた旧東ベルリン地区に次々とショッピングモールが建設された。当時、東西ベルリンを合わせた購買力でも、多くのモールの経営を満たすことはできないとの懸念が表明された。現在、定常的な小売業の危機とパンデミックが追い打ちとなり、問題はさらに悪化している。

ショッピングモールの3分の1がすでに閉鎖されていると推定される米国のように、モールは今や郊外だけでなく、都市中心部でも死滅する可能性がある。米国の郊外型ショッピングモールで始まったその廃墟化は、ヨーロッパ各地でも顕著な問題となっている。現在、「クルマのための都市化」から「歩行する人々のための都市化」への転回は、世界共通のスローガンだが、クルマでアクセス可能な郊外のショッピングモールだけではなく、都市の中心部でも訪問者数の減少、売上の減少、空室率の上昇に直面している。

takemura0922_9.jpg

シュプレー川に面したメルセデスプラッツの建設工事。これ以上、ベルリンに大規模集客施設はいらないという住民の反対運動もあった。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:アサド氏逃亡劇の内幕、現金や機密情報を秘密裏

ワールド

米、クリミアのロシア領認定の用意 ウクライナ和平で

ワールド

トランプ氏、ウクライナ和平仲介撤退の可能性明言 進

ビジネス

トランプ氏が解任「検討中」とNEC委員長、強まるF
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 2
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はどこ? ついに首位交代!
  • 3
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 4
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 5
    「2つの顔」を持つ白色矮星を新たに発見!磁場が作る…
  • 6
    300マイル走破で足がこうなる...ウルトラランナーの…
  • 7
    今のアメリカは「文革期の中国」と同じ...中国人すら…
  • 8
    トランプ関税 90日後の世界──不透明な中でも見えてき…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    米経済への悪影響も大きい「トランプ関税」...なぜ、…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 4
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 5
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 6
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇…
  • 7
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story