コラム

反コロナ・デモに揺れるベルリンで、ハンナ・アーレント展が示すもの

2020年09月04日(金)16時30分

「自由の日―パンデミックの終わり」というモットーの下での右翼のデモ。マスクを着けている人は皆無である。2020年8月1日ベルリン。撮影者 Leonhard Lenz. Creative-Commons-Lizenz, CC0 1.0 Universal (CC0 1.0)

<ベルリンで起きた「反コロナ」デモ。多数の一般市民がデモに参加した本当の理由は、陰謀論でも自由の抑圧でもなく、「真実の探求」だった...... >

マスクや社交距離の規則を拒否するデモ参加者の意識

2020年8月1日と29日に、ベルリンで数万人規模の「反コロナ」デモが起きた。これらのデモは、「自由の日―パンデミックの終わり」をモットーに招集され、デモのシンボルは、マスクや社交距離の規則を拒否するという明確な姿勢だった。市内各地で繰り広がられた4万人におよぶ大規模デモの参加者に、マスクを着けた人は見当たらなかった。

大規模集会が規制されている中、8月29日のデモでは、一部の過激な集団が国会議事堂に乱入しようとし、約3,000人の右翼過激派がロシア大使館前で警察と衝突、7人の警察官が負傷し、200人の逮捕者がでた。このデモの背景に一体何が起きているのか? コロナ・ウィルスそのものの存在を疑う者、コロナ規制が過剰に市民の自由を奪っていると主張する者、コロナ規制は政治的な策略であるとする陰謀論者の群れに隠れて、一般市民の本当の姿は見えなくなっている。

コロナ危機を煽り、市民の自由を抑圧しているという政権批判を展開する政治勢力の呼びかけで、8月29日のベルリンのコロナ反対デモには3万8千人の参加者が集った。この日のベルリンの抗議行動には、反ワクチン運動を展開しているロバート・F・ケネディ・ジュニアもいた。同氏は、暗殺されたロバート・F・ケネディの息子で、同じく暗殺されたジョン・F・ケネディ米大統領の甥にあたる人物である。

米国で勢いを増す陰謀論グループ「キューアノン(QAnon)」からの参加者も見かけた。こうした陰謀論グループの主張や一般の家族連れにいたるデモ参加者に共通する問題意識は、「より多くの真実を見つける」ことだった。感染を保護する措置は正しいのか、それともそれらの規制への反乱か?コロナをめぐる誇張と挑発の中で、デモ参加者はどんな真実を見出そうとしたのか。

ハンナ・アーレントを読み解く

反コロナ・デモに揺れるベルリンで、パンデミックの影響から3ヶ月近く閉館されていたドイツ歴史博物館が「ハンナ・アーレントと20世紀」展を開催した。哲学者、作家、政治理論の教授であったハンナ・アーレント(1906-1975)は、全体主義を研究した著作や、ナチス戦争犯罪者のアドルフ・アイヒマンの裁判報告でも知られている。

takemura0904b.jpg

ベルリンのドイツ歴史博物館内での「ハンナ・アーレントと20世紀」展のポスター。Kein Mensch hat das Recht zu gehorchen.(人には服従する権利はない)と記されている

ハンナ・アーレントは、ドイツに生まれたユダヤ人で、ナチスの台頭によりアメリカに亡命し、反ユダヤ主義、植民地主義、人種差別、ナチスとスターリニズムに関する著述を次々に発表した。時代に立ち向かう知的哲学者が引き起こした論争は数多く、彼女の1963年の著作『エルサレムのアイヒマン』は世界に衝撃を与えた。1961年、アーレントはアメリカの記者として、エルサレムで開かれた元ナチス親衛隊のアドルフ・アイヒマンの裁判を傍聴した。アイヒマンは何百万人ものユダヤ人を強制収容所や絶滅収容所に送った人物だった。

裁判に関するアーレントの記事は、1963年に「ニューヨーカー」誌に掲載され、その後、副題「悪のバナリティ(凡庸さ)に関する報告書」として出版された。彼女はアイヒマンを、「彼の上司の単なる道具として自分自身を様式化した、信念のない官僚」と表現した。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ミャンマー地震の死者1000人超に、タイの崩壊ビル

ビジネス

中国・EUの通商トップが会談、公平な競争条件を協議

ワールド

焦点:大混乱に陥る米国の漁業、トランプ政権が割当量

ワールド

トランプ氏、相互関税巡り交渉用意 医薬品への関税も
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジェールからも追放される中国人
  • 3
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中国・河南省で見つかった「異常な」埋葬文化
  • 4
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 5
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 6
    なぜANAは、手荷物カウンターの待ち時間を最大50分か…
  • 7
    不屈のウクライナ、失ったクルスクの代わりにベルゴ…
  • 8
    アルコール依存症を克服して「人生がカラフルなこと…
  • 9
    最古の記録が大幅更新? アルファベットの起源に驚…
  • 10
    最悪失明...目の健康を脅かす「2型糖尿病」が若い世…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えない「よい炭水化物」とは?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 6
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 7
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    大谷登場でざわつく報道陣...山本由伸の会見で大谷翔…
  • 10
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story