コラム

ドイツで進む「新しいクルマ」のあり方 企業も市民も行政も価値観を変えた

2020年08月07日(金)18時50分

駐車スペースも地下駐車場や専用駐車ゾーン以外なら、市内どこでも停められる。これは、SHARE NOWがベルリン市と包括的な駐車料金支払い契約を結んでいるからだ。SHARE NOWは、そのスマホ・アプリの使い勝手の良さもさることながら、1キロメートルにつき0.19ユーロ(約24円)の料金で短時間でも長時間でも乗り捨てできる。2時間で13.99ユーロ(約1,744円)、一日シェアしても24.99ユーロ(約3,116円)である。駐車代、燃料代、保険料などの諸経費も、利用料金に含まれており、その利便性が市場拡大を支えている。


takemura0807f.jpg

SHARE NOWで一番コンパクトなクルマ「スマート」

企業も市民も行政も"クルマ"の価値観を変えた

ベルリン市の人口は377万人、そこに1,200台のクルマが点在しているだけで、多くの人々のクルマ利用のニーズを満たしている。実際ベルリンの街を歩いていると、このSHARE NOWのクルマによく遭遇する。従来の所有するクルマではなく、皆とシェアするクルマというパラダイム・シフトを実現するのは、簡単なことではなかったはずだ。

ベルリン市はこの新たなクルマのコンセプトを、環境問題解決や都市交通網の最適化に貢献すると判断した。道路交通法を抜本的に変え、これらの新規ビジネスの参入障壁を取り除き、かつ都市環境問題の解決に取り組むという、企業、市民、行政のそれぞれが価値共有(シェアリング・バリュー)に成功した事例となったのである。

同時に、既存の自動車産業とユーザー・コミュニティが直接つながることで、異業種とのコラボレーションも生まれている。今やクルマは、道路の上にあるだけでなく、インターネット(スマホ)の中に存在している。クルマを所有する人が減少する中、特に若者たちのクルマ離れは世界の先進国で顕著となっている。クルマが所有するだけの選択肢に留まっていたなら、若者たちはクルマの免許すら取得しないかもしれない。

しかし、クルマをシェアする時代が到来したことで、若者たちはクルマの免許を取得しようとする。カーシェアリング・ビジネスへの参入によって、クルマが売れなくなるのではという懸念も産業界にあった。ドイツの自動車産業界は、カーシェアリングを敵にするのではなく、未来のクルマ社会の味方にしたのだ。この懸命な選択は評価されるべきだろう。今やクルマも、ソーシャル(社交する)メディアであるからだ。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国軍が東シナ海で実弾射撃訓練、空母も参加 台湾に

ビジネス

再送-EQT、日本の不動産部門責任者にKJRM幹部

ビジネス

独プラント・設備受注、2月は前年比+8% 予想外の

ビジネス

イオン、米国産と国産のブレンド米を販売へ 10日ご
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story