最新記事
紛争

ヒズボラの戦闘員「約10万人」とイスラエルが全面開戦したらどうなる?

DOES ISRAEL HAVE AN ENDGAME?

2024年8月22日(木)15時10分
ダニエル・バイマン(ジョージタウン大学教授)
もしヒズボラと全面開戦したら?

ヒズボラにはイランが強力な支援を続けている(レバノン南部で報道陣に公開された軍事訓練場、23年5月) AP/AFLO

<レバノンはガザよりはるかに広く、ヒズボラは戦争を長引かせることもできる。イスラエルは勝利できない。衝突を避け、抑止力を維持するのが賢明だ>

イスラエルにとってパレスチナ紛争は長年、中東全体の広範な地域紛争の一部だった。

イラン、イエメンのイスラム教シーア派武装組織フーシ派、そしてハマスとの連帯を掲げてイスラエルに攻撃を仕掛けるレバノンのシーア派武装組織ヒズボラ。こうした敵対勢力との小規模の対立が、ここにきて一段と激化するリスクが高まっている。

きっかけはイスラエルによる相次ぐ暗殺だ。イスラエルは7月末、レバノンの首都ベイルートでヒズボラの司令官フアド・シュクルを殺害。直後にイランの首都テヘランの中心部で、ハマスの政治指導者イスマイル・ハニヤを暗殺したとされる。


イスラエルとヒズボラの対立は、どちらかの判断ミス、あるいは戦闘を回避できないなら早めに戦うほうが得策だという判断が引き金となって、限定的な衝突から全面戦争にエスカレートする可能性がある。

だが全面戦争は両陣営に壊滅的な打撃をもたらす。しかもイスラエルは、仮に軍事的に勝利しても戦略的に得るものは少ない上に、ヒズボラとの対立も解消しない。

イスラエルにとっては、ヒズボラの脅威が続くとしても、抑止力を強化して戦闘を回避するほうが賢明だ。

ハマスがイスラエルに奇襲攻撃を仕掛けた昨年10月7日まで、イスラエル国民は北部国境地帯のヒズボラの存在を渋々受け入れていた。

ヒズボラの約10万人の戦闘員と大量のロケット備蓄を見れば軍事衝突が破滅的な結末をもたらすことは明らかで、双方ともそれを認識し、不安定ながらも抑止力が保たれてきた。

背景には、2006年の34日間に及ぶ軍事衝突の記憶があった。当時、ヒズボラはイスラエルに怒濤のロケット攻撃を仕掛け、レバノンに侵攻したイスラエル軍に大規模な損害を与えた。

もっとも、ヒズボラ側の被害も甚大で、双方ともその後長らく新たな衝突は望まなかった。

だが、そんな不安定な平和は昨年10月の奇襲を機に一変し、両国間で多数のロケット弾が飛び交っている。また、ハマスの奇襲攻撃で約1200人の命を奪われたイスラエルは心理的に大きな傷を負った。

その結果、イスラエルのリスク計算は激変した。今やイスラエル国民は、ヒズボラよりずっと弱いハマスの奇襲でさえこれほどの被害を出したのだから、ヒズボラの攻撃がもたらす苦しみはどれほどのものか、と自問している。

かつては戦争がリスクだったが、今では平和とそれに伴う油断こそがリスクなのだ。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アクティビスト、世界で動きが活発化 第1四半期は米

ワールド

フィンランドも対人地雷禁止条約離脱へ、ロシアの脅威

ワールド

米USTR、インドの貿易障壁に懸念 輸入要件「煩雑

ワールド

米議会上院の調査小委員会、メタの中国市場参入問題を
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中