各地の「イランの民兵」が、はじめて対イスラエルの合同軍事作戦を実施した
「イランの民兵」の攻撃は、統合的に行われることはなかった
シリア政府側は、シリア内戦の文脈において、これらの組織を「同盟部隊」と呼ぶが、それらは対イスラエル抵抗闘争の文脈において「抵抗枢軸」と呼ばれる、シリア、ヒズブッラー、パレスチナ諸派そしてイランからなる陣営の一翼を担っていると見ることができる。
ハマース・イスラエル衝突が始まって以降、「イランの民兵」が、ガザ地区のパレスチナ人に対する虐殺(あるいはそれへの支援)への報復として、イスラエル、そしてシリア、イラク領内の米軍(有志連合)基地、さらには紅海、インド洋の米軍艦船への攻撃を繰り返してきたことは周知の通りだ。だが、各組織の攻撃は、統合的、あるいは同時的に行われることはなかった。
「イランの民兵」諸派の作戦が、綿密な調整のもとに実施されていたかどうかは定かではない。だが、イスラエルや米軍に対する攻撃は、例えば、シリア領内でイラン・イスラーム革命防衛隊の顧問がイスラエル軍の標的となった場合は、イランではなく、イラク・イスラーム抵抗、ヒズブッラー、あるいはアンサール・アッラーが即応するというように、波状的、かつ限定的に行われてきた。イスラエルの攻撃に対して、真正面から対峙し、報復を躊躇しないのは、ヒズブッラーくらいで、それ以外の組織は、イスラエル(あるいは米軍)との直接戦闘が持続するのを避けることで、ダメージの軽減を図るとともに、紛争全体のエスカレーションを回避しようとしてきた。
その意味で、アンサール・アッラーとイラク・イスラーム抵抗が公然と合同軍事作戦の実施を宣言したのは、その戦果がどうであれ、ハマース・イスラエル衝突への干渉における戦術面での変化(の予兆)と解釈することもできる。
アンサール・アッラーとイラク・イスラーム抵抗の合同軍事作戦は、両組織の声明を見ると、イスラエルによるパレスチナ人への攻撃、とりわけガザ地区のラファなどに対する攻撃への報復として位置づけられている。6月6日には、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)が運営するガザ地区中部のヌセイラットの学校が爆撃を受け、ガザ地区保健省の発表によると、子供や女性を含む40人が死亡、70人以上が負傷した。
シリア北部へのイスラエル軍の爆撃に、報復を示唆
また、6月3日には、シリア北部のアレッポ市の北西約10キロの距離に位置するハイヤーン町一帯がイスラエル軍の爆撃を受け、イラン・イスラーム革命防衛隊の顧問で精鋭部隊の司令官でもあるアスアド・エブラールを含むイラン人2人、シリア人9人、イラク人3人、ヒズブッラーのメンバー3人の17人が殺害された(「イスラエルがシリアを攻撃し、イラン人ら死亡、近くにはS-300が配備されているとされるロシア軍拠点も」Yahoo! JAPANニュース、2024年6月4日)。
この攻撃に対して、イラン・イスラーム革命防衛隊のホセイン・セラーミー司令官(少将)は6月5日、「シオニストどもは、この攻撃で流れた無実の人々の血に対する代償を払わされることを学ばねばならない。彼らは報復を待たねばならない」と述べ、報復を示唆していた。
英国で活動する反体制派系NGOのシリア人権監視団によると、イスラエル軍によるシリアへの攻撃は、今年に入って44回目(うち32回が航空攻撃、12回が地上攻撃)で、これにより92あまりの標的が破壊され、軍関係者165人が死亡、69人が負傷している。
同監視団によると、軍関係者の死者内訳は以下の通りである。
・イラン人(イラン・イスラーム革命防衛隊):23人
・ヒズブッラーのメンバー:33人
・イラク人:15人
・「イランの民兵」のシリア人メンバー:44人
・「イランの民兵」の外国人メンバー:10人
・シリア軍将兵:40人
また、民間人も13人(女性2人と子供1人を含む)が死亡、20人あまりが負傷している。
こうした状況を踏まえると、アンサール・アッラーとイラク・イスラーム抵抗の合同軍事作戦は、シリア領内で繰り返される「イランの民兵」を狙った攻撃に対抗するための新たな戦術と見ることもできる。