「イデオロギーの対立」は社会にどれくらい根付いているか?
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<大規模世論調査「スマートニュース・メディア価値観全国調査」が明らかにした日本の「分断」。連載第3弾では、日本社会の対立はどこにあるのか、早稲田大学社会科学総合学術院教授・遠藤晶久氏が解説する>
筆者が初めて日本のイデオロギーについて研究報告をしたのは2013年。今から10年前のことである。そのときは、1980年代から2010年代初頭の世論調査データから、人々のイデオロギー認識が弱まっていること、さらに、それにとどまらず、イデオロギーの理解に世代差があることを報告した。50代以上の有権者は自民党を「保守」、共産党を「革新」と位置づける一方で、40代以下の有権者は「革新」側に共産党ではなく日本維新の会を位置づけているという報告であった。幸い、報告は概ね好評で(「手応えがある」という状態を初めて体験した)、その後、その報告は論文や本の執筆へとつながっていった。
10年前のその当時、第2次安倍晋三政権が発足したばかりではあったものの、55年体制崩壊から民主党政権までの流れを見れば、日本政治においてイデオロギーはもはや後景に退いたかに思われていた。2012年に出版された蒲島郁夫・竹中佳彦『イデオロギー』はこのテーマについての集大成であり、「今後はイデオロギーの弱体化は一層進むだろう」と筆者自身も考えていた。しかし、第2次安倍政権が長期政権となっていく過程で自民党は右傾化し、他方で、野党第一党も分裂と合流を繰り返しながらイデオロギー的に純化され、左傾化した。今ではそのような政党レベルの分極化現象を指しながら、日本政治の「再イデオロギー化」が議論されている。
そのような状況の中で、この10年間、筆者自身もイデオロギーや政策対立に関する様々な分析や調査を実施してきた。日本の分断を実証的に検討する「スマートニュース・メディア価値観全国調査(SmartNews Media, Politics, and Public Opinion Survey)」(以下、SMPP調査)への参加要請を受けたのは、それゆえであろうと考えている。社会の分断を疑うとき、政治学者であればまずはイデオロギーや政策争点についての検討が最初に思い浮かぶ。
この記事では、SMPP調査の結果紹介として、まずは政策質問とイデオロギー質問に基づきつつ、有権者の政治対立について検討したい。SMPP調査では、政策争点に関して16の項目を取り上げて、その文言に対する賛否を尋ねている。これまでの様々な研究を踏まえて、政策争点については多岐に渡って取り上げるように工夫をした。また、場合によっては難しい質問もあるため、「わからない」という選択肢は明示的に提示した。その結果が図1である。「賛成」と「どちらかといえば賛成」が多い順番に並べてある。
図1 政策質問の回答分布
図1を見ると、75〜80%の回答者が合意しているような争点はそれほど多くなく、「道徳教育の充実」への賛成(+どちらかといえば賛成)と「女性天皇反対」への反対(+どちらかといえば反対)だけである。興味深いのは、「道徳教育の充実」と「女性天皇反対」のいずれも保守派の主張であるのに対し、前者については支持されているが、後者については不支持が多いというように、世論は保守の言説ともリベラルの言説とも必ずしも一致しないことである。
賛否の差が30%以上あり、多数派と少数派に分かれる項目としては、反対よりも賛成の割合がかなり多い「財政出動」「夫婦別姓」「同性婚」「防衛力強化」や、賛成よりも反対の割合がかなり多い「コロナ感染対策の徹底」「公務員数の拡大」「ワクチン義務化」が挙げられる。
賛否が拮抗しているのは「ガソリン車廃止」(賛成36%、反対41%)、「移民受け入れ」(賛成35%、反対45%)といった比較的新しい争点である。ただし、注意が必要なのは「わからない」という回答の多さである。「ガソリン車廃止」では24%、「移民受け入れ」では20%が「わからない」を選択している。
この2つの項目だけでなく他の質問項目でも10%〜30%の「わからない」回答が見られる。16項目すべての政策質問に答えられたのは全体の26%に過ぎず、1/3の回答者は4つ以上の項目で「わからない」(あるいは無回答)を選択している。
私たちが作成した質問の中には普段それほどニュースにならないような項目があるのも事実ではあるが、政党レベルでは激しい対立が報じられるような政策においてでも「わからない」は相当程度みられるのが特徴と言える。