「イデオロギーの対立」は社会にどれくらい根付いているか?
「イデオロギー位置」を自認していない回答者が多数
このような「わからない」回答の多さは、イデオロギー質問においても観察できる。SMPP調査では、0がリベラル、10が保守的としたときに自分の政治的立場はどこかを尋ねる質問が含まれる(図2)。0〜4をリベラル、5を中間、6〜10を保守的と分類をすると、全回答者に占める割合はそれぞれ20%、16%、33%となる。
図2 イデオロギー質問の回答分布
保守は全体の1/3を占め、リベラルの1.5倍以上となっており、保守を自認する人の割合は多い。ただし、ここでも目立つのは「わからない」の多さであり、28%を占めている。つまり、回答者の3割弱は自分自身のイデオロギー位置を把握していない。若年層に目を向ければ、18〜29歳のうち43%は「わからない」と回答をしており、30歳代でも35%にのぼる。
なお、この連載第1弾での分極化に関する日米比較では、リベラル29%、中間23%、保守48%と表記しているが、これは米国の調査結果との比較可能性から「わからない」を除いて分析をしているためである。
2010年代の政党レベルにおけるイデオロギー分極化の現象の一方で、有権者レベルでは、イデオロギー対立の進行はそれほど進んでおらず、かなりの数の人はイデオロギー位置を自認していない。保守対リベラルといっても有権者の半数程度の間の対立でしかない。
それでは、有権者自身は社会の対立についてどのように認識しているのか。SMPP調査では様々な社会集団を取り上げて、それらの間で対立が生じていると思うかどうかを尋ねている。社会では、イデオロギー的な対立(保守対リベラル)だけでなく、労使、世代、都市地方、ジェンダーなど、様々な対立があるが、その中で最も多くの有権者に認識されているのはどの対立か、また、そのなかでイデオロギーはどこに位置づけられるかを検討するため、この質問項目を調査に含めた。
図3 社会対立質問の回答分布
図3では8つの対立カテゴリーについて、「強い対立がある」「やや対立がある」を合算した割合が大きい順番に並べた。その結果、最も多くの日本の有権者が対立を認識しているのは労使対立であることがわかった。その次に貧富の対立であり、この2つは5割を超えている。つまり、経済的な対立について多くの人々が認識をしているのである。この結果は、同様の問題を扱った過去の調査結果とも整合的である。それに続いて多いのはジェンダー対立であり、43%を占める。主観的な対立についての質問でジェンダー対立を含めたものは他になく、今回、初めて明らかになった点である。
イデオロギー対立はそれらに比べると広がりを欠いている。世代対立、都市地方対立のような、しばしば日本政治で主題となるようなカテゴリーも同様に39%程度で並んでいて、それほど多くの人に認識されているわけではない。また、認識が最も低いのは外国移民との対立であるが、これは欧米各国で広がっている社会問題ではあるものの、まだ日本では認識がほとんどない。
ここまでの調査結果からも、日本の分断を考察するとき、従来型のイデオロギー対立にのみ着目するのは十分でないことは明らかであろう。もちろん、イデオロギーには様々な政策争点を統合する機能があり、政治を議論し意思決定をするために不可欠でもある。しかし、有権者の多くが共有していないのであれば、それは日本社会全体を見通すときの手がかりとしては心もとない。
他方で、調査結果から、経済をめぐる対立やジェンダー対立についての認識が広がっていることが明らかになった。戦後日本のイデオロギー対立の基軸は憲法や安全保障の問題であったのに対して、欧米諸国とは異なり、経済争点をめぐる争いはイデオロギー対立との関係が非常に弱かったことを考えると、主観的な経済対立が社会に根づいていることは興味深い。
また、家族やジェンダーをめぐる社会的価値観は、憲法・安保軸と並んで政策対立軸として確立されており、徐々にイデオロギー対立とも関連性が見られるようになってきている。ジェンダー対立については今後、注目をしていく必要がある。様々なカテゴリーにおける主観的な対立と政策、イデオロギーの関係についても引き続き、詳細な分析を進めていく予定である。
遠藤晶久(えんどう・まさひさ) 早稲田大学社会科学総合学術院教授
早稲田大学政治学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(政治学)。早稲田大学政治経済学術院助手、高知大学人文社会科学部講師等を経て現職。主要著書に『イデオロギーと日本政治:世代で異なる「保守」と「革新」』(共著、新泉社)など。
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