最新記事
ジェンダー平等

LGBTへの配慮だけが「多様性の時代」の正解なのか? 経産省「トイレ訴訟」に欠けていた視点とは

Designing Gender Freedom

2023年7月25日(火)18時11分
境真良(iU〔情報経営イノベーション専門職大学〕准教授)
ジェンダーレストイレ

写真はイメージです ciud/Shutterstock

<トランスジェンダーのトイレ使用を「制限」することを違法とした最高裁判決は朗報だが、「内心」の改革だけで社会は変わらない>

7月、日本の経済産業省に勤めるトランスジェンダー(MtF、体は男性で心は女性)の職員が執務室から2階以上離れた女性用トイレを使用するよう指定されていることを不当として国を訴えた裁判で、最高裁判所が国の対応は違法とする判決があった。

 
 
 
 

背景はちょっと複雑だ。原告はMtFといっても、法律上の性変更は行っていない。これは変更に必要な性転換手術が健康上の理由で行えなかったためだ。そして経産省に全く理解がないわけでもなく、職員の女性用トイレの利用は認めていた。ただ同省は関係職員への説明会で違和感を抱いているように見えた職員と鉢合わせないようにとの配慮で、この制限を付けたという。

内心の性に法的に変更できず、苦労していたMtFの女性の人権保護の訴えが司法の支持を勝ち得たことは歓迎したい。最近、トランスジェンダー当事者のトイレや入浴施設の使用の在り方が社会で議論されるなか、この女性への制限措置の見直しを求めた本判決は、他の政府組織や公共団体に(間接的には民間企業にも)、またトイレ利用以外の課題にも影響を与えるだろう。原告のみならずMtFの方々には朗報だと思う。

だが、判決文の論理に個人的には少し思うところがある。判決は直接的にはトイレ利用の制限措置の見直しを怠った不作為を違法と断じたものだ。それに加えて、説明会で明確に異を唱える職員がいなかった以上、制限の設定は不適切であるとも指摘している。

使いたい側、使わせたくない側、2つの人権の衝突

経産省は外からは新しいことに積極的な組織に見えるが、中から見れば職員コミュニティーが受け入れ可能な範囲を探る慎重さも備えている。自分も、もしこの件の担当者なら職員の顔色はうかがうだろう。

本件は女性用トイレを使いたい側、使わせたくない側、2つの人権の衝突だが、ならば使わせたくない側も明確に声を上げるべき、というのはいささか観念的にも思える。

判決の補足意見を見ると、裁判官たちは職員への研修・教育や調整で状況を改善できたはずと一様に考えている。つまり、判決はトランスジェンダーへの配慮を同省と職員たちに強く求めるもので、まさに今年成立したLGBT理解増進法時代の判決と言ってもよいかもしれない。だが、配慮や理解増進「だけ」がLGBTの方々が住みやすい時代への解なのか?

キャリア
企業も働き手も幸せに...「期待以上のマッチング」を実現し続ける転職エージェントがしていること
あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中