ウクライナ避難民2000万の悲と哀──将来を見通せない人々...1年目の本音は
No Place Like Home
「それから4カ月、私はポーランドから毎日アンドレイに電話して、泣きながら『家に帰りたい』と訴えた。でも夫はいつも、『子供たちの安全のためだ、そこにいてくれ』と言った」
だが8月までには東部ドンバス地方への攻撃が一時的にやみ、ウクライナ軍の高機動ロケット砲システム(HIMARS)を使った攻撃でロシア側の補給線が大混乱に陥った。ミコライウはまだ攻撃下にあったが、もう家族が離れて暮らすほどのリスクはなくなったように思えた。
そこでアンドレイは、再び車に乗り込んでポーランド国境に向かった。今度は家族を連れ帰るためだ。11月半ばにはウクライナ軍がヘルソンを奪還し、ロシア軍はロケット砲の射程圏外へ退いた。それで、一家はミコライウの自宅に戻ることができた。
「年明け以降、夜になると窓に明かりのともる家が、以前よりもずっと増えた」と、ミコライウの自宅に戻った今、ナスティアは記者に語った。
「本当にウクライナで暮らしたい人は、必ず戻ってくる。この国で運がなかった人や、よその国への移住を考えていた人は、そのままヨーロッパにとどまればいい。私たちはこの国で暮らしたいと思う。でも、みんなが同じ選択をするわけではない」
もちろん、自分の国で暮らしたいと願う全てのウクライナ人に、あの日以前に住んでいた場所に戻るという選択肢があるわけではない。
いまヨーロッパ各国にいるウクライナ難民は約800万。その多くには、例えばベルリンやブリュッセルにあるアパートの一室でお茶を飲みながら、「比較的安全」とされるキーウやチェルニウツィーに戻る片道切符の料金を調べ、帰国の費用対効果をはじくという、ささやかな贅沢があるかもしれない。
だが1年前までは誰も知らなかったけれど今では世界中の人が知っている中規模都市(マリウポリやヘルソン、セベロドネツク、あるいはバフムートなど)の出身者たちに帰還という選択肢はない。
国内に残る約600万の避難民も、たいていは後者の部類に属する。わりと豊かなEU圏の国で住宅補助や現金支給、医療や教育などの手厚いサービスを受けている同胞と違って、ウクライナ国内の人々には月額50ドル程度の公的支援金があるだけだ。
足りない分は、国内外の支援団体のネットワークに頼るしかない。激戦地にいる一般人を救出し、彼らに住む場所や衣服、食料を提供し、再出発の機会を提供しているのはボランティアの人たちだ。