少女は赤ん坊を背負いながらコバルトを掘る──クリーンエネルギーの不都合な真実

CLEAN ENERGY’S DIRTY SECRET

2023年2月8日(水)12時49分
シダース・カラ(イギリス学士院グローバル・プロフェッサー)

人間も大地も破壊され尽くす

プリシーユは小さな小屋に1人で暮らしていると話してくれた。以前は夫と一緒にこの採掘地で働いていたが、夫は1年ほど前に呼吸器の病気で亡くなった。夫も自分も子供が欲しかったが、2回妊娠して2回とも流産だったという。

「赤ちゃんを奪った神様に感謝している」と、彼女は言う。「こんな所で生まれてもいいことないもの」

夕方までに掘り手たちへの取材を終え、採掘地の入り口に戻った。そこにいる仲買人はれっきとした公認の取引業者だろうと思った。何なら政府支給の制服まで身に着けているかもしれない、と。

だが彼らはジーンズにシャツ姿の若い男たちだった。それでも泥だらけの掘り手とは違い、身なりは清潔でパリッとしている。

小型トラックで袋を運ぶ仲買人もちらほらいたが、彼らの足はたいがいバイクだった。掘り手が運んできた袋の中身をざっと見て、言い値で買う。掘り手に値段の交渉権はない。フィリップによると、同じ質、同じ量でも、女性の採掘者は常に男性よりも安く買いたたかれるという。

イリと名乗る仲買人はこの商売を始めるまで、ザンビアとの国境に近い主要都市ルブンバシでアフリカのテック大手アフリセルの携帯電話を売っていたという。いとこの勧めで営業許可を取得し、仲買人になった。許可証取得には150ドルかかり、毎年更新しなければならない。

携帯電話を売っていたときに比べて、「今は2倍か3倍稼いでいる」と、イリは胸を張った。許可証がどんなものか見せてもらえないかと言うと、彼は事もなげに「2年前に期限切れになった」と答えた。

「袋を運んでいるときに警官に止められて、許可証を見せろと言われたらどうする?」

「罰金を払うまでさ。10ドルくらいかな。だけど、そんなことはめったにない」

ほかにも2、3人、仲買人に話を聞いた後、暗くなる前にもう一度見ておこうと採掘地に引き返した。少女が1人、ボタ山の上にたたずみ、腰に手を当てて荒地をにらんでいた。かつては見上げるような大木が立ち並んでいた場所だ。

腰に巻いた金色と藍の布が風に激しくはためき、少女は人間と大地が破壊され尽くした痕跡を真っすぐ見据えていた。

地平線の向こうの別世界では、人々がいつものように朝を迎え、スマホをチェックしているだろう。その電池に使われているコバルトを手で掘り、命を削っている人たちはスマホを目にしたことがない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエルがガザ空爆、48時間で120人殺害 パレ

ワールド

大統領への「殺し屋雇った」、フィリピン副大統領発言

ワールド

米農務長官にロリンズ氏、保守系シンクタンク所長

ワールド

COP29、年3000億ドルの途上国支援で合意 不
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではなく「タイミング」である可能性【最新研究】
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 5
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 6
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳か…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 9
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 10
    2人きりの部屋で「あそこに怖い男の子がいる」と訴え…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中