最新記事

BOOKS

在日は「境界人」、ゴキブリ呼ばわりされることもあるが、ノブレスオブリージュを負っていい

2023年1月30日(月)06時40分
印南敦史(作家、書評家)
日本と韓国

Oleksii Liskonih-iStock.

<「いざ自分が害虫と名指しされると、堪えるものがある」。それでも『在日韓国人になる』の著者は、戦後の在日史を振り返りつつ、冷静に客観的に、日本の未来を見る>

以前、著名なミュージシャンにインタビューした際、印象的なことばを聞かされたことがある。

彼は誰もが知るビッグネームであり、キャラクター的にも笑顔を絶やさないポジティブなタイプだ。しかし、ちょっとした瞬間に、寂しそうな表情を浮かべて言うのだ。

「どうやっても払拭できない事情を抱えてるんで......」

それが国籍に関する悩みであること、端的にいえば「在日である」ことを意味するのは、前後の文脈からも明らかだった。

幸いにして人種的な差別感情を植えつけられないまま育ってきた私にも、そのひとことの重さは充分に理解できた。

しかも、それ以降も似たような経験が何度かあり、そうした悩みを口にする際にはみな寂しそうな表情をしていた。だから『在日韓国人になる――移民国家ニッポン練習記』(林 晟一・著、CCCメディアハウス)の著者の以下の記述にも感じるものがあったのだった。


 民族マイノリティ(少数派)として生きるのも、楽ではない。
 下等とされる動物、癌、病原菌。排除の隠喩(「あいつは......だから排除すべし」)......嫌悪する相手に世間で忌避されているものの名を冠することは、古今東西ありふれている。ゴキブリのたとえすら日本の排外主義者の専売特許ではない。戦のさなか相手を「非人間化」して動物とみなし、殺しやすくすることは常とう手段である。
 そう、ゴキブリと呼ばれるなんてありふれたこと。ただでさえ戦後の在日は、バリエーション豊富な侮蔑語をあびてきたではないか。
 わかっている。頭ではそうわかっている。でも、いざ自分が害虫と名指しされてみると、さすがに堪えるものがある。(17ページより)

著者は在日コリアン3世として東京都江戸川区に生まれ、現在は都内の中高一貫校で歴史や国際政治学を教えている人物。本書においては日本における在日の歴史をなぞり、多文化共生、社会の統合、さらには日本人の再定義についての考えを明らかにしている。

しかし同時に、すべての差別感情の矛盾点を指摘し、だがそれらを無闇に否定するのではなく、あくまで冷静に前を向こうという意志が随所に見られる。

排外主義者は承認欲求を満たすために他者を糾弾したがる


 在日の立場は、永住権を取りたくてもとれない外国人からすればきっと恵まれている。東アジアの一員として、容姿の面でも日本人とよく似ている。「ゴキブリ」と呼ばれようが、たとえ不本意にせよ社会でかくれんぼをしながら生きることだってできる。それすらできない外国人はたくさんいる。だとすれば在日は、どれだけ鼻につこうが、どれだけ後ろめたかろうが、「恵まれた者の責務(ノブレスオブリージュ)」を負っていい。(20ページより)

いまの時代、性的マイノリティや社会的弱者は排外主義者にとってうってつけのターゲットだ。著者のことばを借りるなら、差別や排除は、民族やカテゴリーの境界などおかまいなし。排外主義者たちは、自身の承認欲求を満たすために他者を糾弾したがるのかもしれない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米5月住宅建設業者指数45に低下、1月以来の低水準

ビジネス

米企業在庫、3月は0.1%減 市場予想に一致

ワールド

シンガポール、20年ぶりに新首相就任 

ワールド

米、ウクライナに20億ドルの追加軍事支援 防衛事業
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 5

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    奇跡の成長に取り残された、韓国「貧困高齢者」の苦悩

  • 8

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中