ゼレンスキーに「覚悟」が生まれた瞬間──プーチンとの「戦前対決」で起きていたこと
ROLE OF A LIFETIME
プーチンは過去20年間、ジョージア(グルジア)やモルドバ東部の沿ドニエストル地域やシリアで「和平の仲介者」の役を演じていた。ロシア軍を駐留させながら、そんなものは存在しないかのように振る舞った。それはウクライナでも同じだった。
フランス大統領官邸であるエリゼ宮の入り口付近には儀仗兵が並んでいた。エマニュエル・マクロン大統領は車寄せで賓客を迎え、儀仗兵の向かい側には記者たちが立っていた。
最初に到着したのはドイツのアンゲラ・メルケル首相だった。メルセデス・ベンツが車寄せに止まると、青いジャケット姿のメルケルはマクロンにキスで迎えられた。マクロンはほほ笑みを浮かべ、優雅に立ち振る舞った。次に到着したのはゼレンスキーを乗せたルノー・エスパスで、門を入ってすぐの所で停車した。
ゼレンスキーは足早にマクロンの元に向かい、明るく挨拶した。そのときロシアのジャーナリストが大声で呼び掛けた。「ミスター・ゼレンスキー、今回は何をもって成功と考えますか? ミスター・ゼレンスキー! 答えてください! ミスター・ゼレンスキー!」
マクロンとゼレンスキーは群衆の中から叫ぶ男性を無視して、仲のいい友人同士のように建物の入り口へと進んだ。
プーチンは最後に到着した。感情を押し殺した顔をしていた。ロシア国産の防弾仕様の大統領車アウルス・セナートからゆっくりと降り、重々しい足取りでマクロンに近づいて握手をすると、建物の中に消えた。
プーチンとの一対一の会談も
多くを物語る場面だった。ヨーロッパと世界に恐怖を植え付けようとしている国家指導者は、年を取り、場違いに見えた。マクロンとゼレンスキーとは時代も年齢も、メンタリティーも活力も違った。
9時間に及んだ会談はドイツ、フランス、ウクライナ、ロシアの首脳が3年ぶりに顔を合わせたこと自体が大きな成果でもあった。初めて参加したゼレンスキーは、まずプーチンと、続いてマクロン、メルケルと、それぞれ一対一で非公開の会談を行った。
プーチンの目に何が映っていたか、ゼレンスキーは語らなかった。プーチンは得意の交渉術を使ったようだ。脅迫、威嚇、そしてアメとムチ。
会談前の写真撮影で、ゼレンスキーは明らかに緊張していた。プーチンの位置に向かおうとする場面もあった。続いて記者に話し掛け、交渉のテーマが記された書類を不用意に見せた。「みんなが外に出てから始めよう」。プーチンはそう言って、写真撮影の担当者を指さした。ゼレンスキーは水を一口飲んだ。