愛と慈悲に満ちた、心優しい将軍様へ──ソフト路線にイメチェン中の金正恩
A New Public Persona

朝鮮戦争の休戦協定締結から69年を祝って、平壌で元兵士らと記念撮影に臨む金正恩(2022年7月28日) KCNAーREUTERS
<叔父・張成沢の処刑と兄・金正男の暗殺など、冷徹な独裁者から民衆の心に寄り添う「友人」へ。今、なぜ北朝鮮メディアは祖父や父のような「神格化」ではなく、新戦略を取るのか?>
北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記について多くのメディアは、核戦争の脅威を振りかざす威圧的で権威主義的な独裁者として描いているが、北朝鮮の国営メディアは全く異なる。
北朝鮮の統治体制は常に指導者を神格化し、不可能な偉業を喧伝して、指導者をたたえる巨大な像や芸術作品を設置してきた。金正恩は、父や祖父の神格化の域には達していないが、新型コロナウイルスは彼にまたとない機会を与えている。これまで以上に厳しい政策を国民に押し付けながらも、軍事指導者のイメージから、先代たち以上に「国民の父親」に近い存在に変わろうとしているのだ。
独裁政権にとって政治的不安定の要因は5つあるが、北朝鮮はそのほとんどにうまく対処してきた。
1つ目は、政府関係者が制度的な手段で指導者を退陣させる「失脚」だ。朝鮮半島北部の政治体制に参加していた甲山派(カプサンパ)と呼ばれるグループが1960年代後半に、金日成(キム・イルソン)は工業化を早計に推し進め、個人崇拝を強めていると声高に批判し、彼を権力の座から引きずり降ろそうとした。金日成は甲山派だけでなく、反対分子になり得る人物をことごとく粛清して失脚を免れた。
2つ目は、政権のメンバーが権力を奪おうとする「内部転覆」だ。金正恩政権はこの転覆の芽を、何回も残忍に摘み取ってきた。よく知られているのは、2013年に処刑された張成沢(チャン・ソンテク、金正日〔キム・ジョンイル〕の妹の夫)と17年の金正男(キム・ジョンナム〔金正日の長男〕)で、いずれも近親者ながら正恩の権力に脅威を与えていた。
3つ目は「クーデター」で、一般に軍上層部が権力を掌握する。北朝鮮の歴代3人の指導者は、軍の指導者をなだめ、配置換えを行い、粛清するなど、クーデターを防ぐために細心のダンスを踊ってきた。
国民のために涙を流す
4つ目は、外国勢力が金の政権排除に動くリスクだ。北朝鮮の軍事や諜報活動には、外国からの不安定化に対する抑止力を含むさまざまな目的がある。
5つ目は北朝鮮政権はまだ経験していないが、長年の懸念材料である「民衆蜂起」だ。北朝鮮で大きな民衆蜂起が起きたことはない。金日成時代は政権が国民をかなり強く抑え付けていた。金正日時代は90年代半ばから深刻な大飢饉が続き、国民は生き延びることに精いっぱいだった。