2050年には8億人の都市住民が水上生活に?──海面上昇と異常気象で急務の洪水対策
CITY OF WATER
アイダはそんなアプローチの危険性を暴く格好の例だった。「豪雨になるのは分かっていたが、1時間に80ミリを超えるとは誰も予想していなかった」と、ニューヨーク市環境保護局(DEP)のビンセント・サピエンザCOO(最高執行責任者)は言う。
サピエンザによれば、市はまず、危険区域の住民が逃げ遅れないよう、緊急通報システムの開発に重点的に取り組んできたという。長期的にはごみが下水管に詰まらないよう雨水升を増設するとともに、下水管の規模には限度があるので一時的な人工湿地などで雨水を吸収することを計画している。
特に有望なのは「ブルーベルト」だ。下水を小川や池など天然の排水路や、道路沿いの「レインガーデン」などの人工の貯水槽と連結するハイブリッドシステムで、商業地域の外では湿地のように大規模なものが可能で、たいてい資産価値も増す。
市は80年代以降、70を超えるブルーベルトを建設。アイダの直撃後は資金を4倍以上に増やし、新設する場合は屋根からの雨水流入防止機能を盛り込むよう求める法案を可決した。
世界の大半はまだ脅威を十分認識していないものの、規模・熱意共にニューヨーク並みのプロジェクトを進めている都市は増えている。そのほとんどが、悲劇をきっかけに行動に踏み切った。
ベトナム南部ホーチミンでは近年、「極端な豪雨」(3時間に100ミリ超)が排水能力を上回るケースが6倍に増加し、数千人が死亡している。そこで全長60キロの巨大堤防を建設し、ポンプ場と水門で街を囲って、約650万人が暮らす地域を守ろうとしている。
洪水対策はオランダでも長年、国家的な優先課題だ。国土の4分の1が海抜0メートル以下で、半分が1メートル未満、1953年の北海大洪水では1800人を超える死者が出た。
ヨーロッパ最大の港を持つロッテルダムは、気候変動に備えて洪水・海面上昇から街を守る大規模なシステムを採用。沿岸の砂丘、河川沿いの堤防、それらでは守れないエリアの水上構造物、河口部に建設された長さ210メートルの2つの水門から成る可動堰(ぜき)などだ。可動堰は可動式構造物としては世界最大級だ。
2003年の熱波で1万5000人以上の死者が出たフランスは、04年に高齢者やホームレスなど弱者を守る包括的な高温警報システムを実現した。
世界銀行や欧州環境機関などの支援で、20年までに途上国154カ国中125カ国が将来の大災害に備える包括的な「国別適応計画」の策定に乗り出した(ただし完全な計画を提出したのは20カ国のみだった)。
それでも、世界のほとんどは気候レジリエンスの実現には程遠い。新型コロナのパンデミック以前には、適応へのグローバル投資は15~16年度の220億ドルから17~18年度は300億ドルとゆっくりとだが着実に増加していた。