2050年には8億人の都市住民が水上生活に?──海面上昇と異常気象で急務の洪水対策
CITY OF WATER
THOMAS JACKSON/GETTY IMAGES
<ニューヨークでも既に暴風雨による溺死事故が起きている。原因は200年以上前の建設当時には想定していなかった水位の上昇。しかし、樹木の撤去や維持費など、対策には市民の理解をまだ得られていない>
ニューヨークで命を落とす原因は無数にあるが、多くの市民にとって暴風雨による溺死は想定外だった。2021年9月、ハリケーン「アイダ」が熱帯低気圧に変わってニューヨーク市を襲い、秒速35メートルの強風が吹き荒れた。1時間当たりの降水量は90ミリ近くに達し、旧式の下水道システムが処理できる水量のほぼ2倍を記録した。
洪水警報は間に合わなかった。クイーンズのウッドサイド地区では、あふれた下水が狭い違法地下アパートに流れ込み、ネパール人夫婦と2歳の息子が溺死した。同じクイーンズの一角にあるジャマイカ地区では、洪水で流された車が建物の側面に激突。建物の一部が崩壊し、43歳の母親と22歳の息子が亡くなった。ブルックリンのサイプレス・ヒルズ地区付近では、地下の寝室で助けを求める66歳のエクアドル人移民を救えなかった。
「この暴風雨は地図を描き換えた」と、5日後に惨状を視察したビル・デブラシオ市長(当時)は沈痛な面持ちで言った。「洪水は沿岸部のものだと思っていたが、そうではない。市内全域で発生する可能性がある」
国連が発表した最近の報告書によると、気象関連の災害の報告件数は過去50年間で5倍に増えた。アイダのような強力なハリケーン、被害総額400億ドル以上といわれる昨年7月のドイツの大洪水、400人以上が死亡したインドのモンスーン豪雨、カナダ西部で200人以上が死亡した同年6月の熱波などだ。
気温上昇の大きな要因は、化石燃料の燃焼による温室効果ガスの排出だ。それによって地球の大気が保持する熱量と湿度が上昇し、より激しい暴風雨が起きやすくなっている。一方、海水はより多くの熱を吸収して膨張し、海面上昇を引き起こしている。異常気象の実態は、ほんの数年前の科学者の予測より深刻なものであることが証明されつつある。
気温上昇と強力な暴風雨の発生は、沿岸部の都市にとって直接的な脅威となる。今では大災害級の洪水や強風、高潮など以前はまれだった極端な自然現象に、驚くほどの頻度で見舞われる都市が世界中で増えている。
100年に1度程度の発生頻度だったハリケーン「サンディ」(12年)級の暴風雨も、今後はより頻繁に発生すると予想されている。気候変動の影響を想定していなかった時代に造られた古いインフラは、このクラスの暴風雨の前ではひとたまりもない。現時点で最大限の備えをしている都市も安全とは限らない。
異常気象の時代がやって来る
世界の都市を守る必要性はますます高まっている。米海洋大気局(NOAA)によると、20年にはアメリカだけで22件の気象災害が発生し、被害額は10億ドルを超えて過去最大となった。ヨーロッパの洪水も、西欧史上最大の被害額を記録した。