2050年には8億人の都市住民が水上生活に?──海面上昇と異常気象で急務の洪水対策
CITY OF WATER
フィリピンのマニラでは、09年の洪水で市内の80%が水浸しになった。18年に長期の干ばつに見舞われた南アフリカのケープタウンは、深刻な水不足に陥った。インド東部では19年に200人前後が熱中症で死亡し、一部の都市で屋外での作業が一時的に禁止された。インドとパキスタンでは今年3〜5月に記録的な熱波が襲来し、停電と山火事が発生した。
これらは、ほんの前触れにすぎない。2050年には世界人口の3分の2以上が都市部に居住するようになると、専門家は予測している(現在は2分の1強)。
一説では、2050年までに8億人以上の都市住民が海面上昇や沿岸部の洪水によって日常的に生命の危機にさらされる恐れがある。
さらに米コンサルティング大手マッキンゼー傘下のマッキンゼー・サステナビリティと100近い世界の大都市の市長のネットワーク、C40(世界大都市気候先導グループ)が21年7月に発表した報告書によると、その倍の人数が慢性的な熱波に見舞われ、6億5000万人が水不足に直面する可能性がある。
都市部では、気候変動によって発生した難民の流入も予想される。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、10年以降に気候変動関連の災害で2100万人以上が避難生活を余儀なくされた。一部の予測によると、この人数は2050年までに12億人に増加する可能性がある。その頃には、バングラデシュの国土の17%が水没し、2000万人が家を失っているかもしれない。
つまり今後数十年の間に、世界の都市はこれまでの世代が想像もしなかったような困難に直面する公算が大きい。
このところ国際機関は警鐘を鳴らし、暑さ対策のための植樹、透水性舗装、洪水を防ぐレインガーデン(雨庭・雨水浸透緑地帯)など、さまざまな提案を行っている。だが、世界の市長の多くが新しい異常気象時代の到来に備えた対策を検討し始めたのは、つい最近のことだ。
「私たちは炭鉱のカナリアだ」
市民を守るために行動を起こし始めた都市は、政治的問題から実用化の問題までさまざまな課題に取り組んでいる。そのこと自体、気候変動への適応プロセスがいかに予測不可能で、嫌になるほど時間がかかる混乱したプロセスになる可能性が高いかを予言している。
ニューヨークは、この課題が最も端的な形で浮き彫りになっている都市の1つだ。12年のサンディで大きな被害が発生した後、ニューヨーク市当局はアメリカで最も包括的かつ先進的ともいわれる気候レジリエンス(回復力・強靭化)計画を立ち上げたが、21年9月のアイダ襲来によって、自然の猛威に対する備えがまだ十分でないことが露呈した。同市はまた、気候変動適応プログラムへの継続的な資金確保にも苦戦している。
「私たちは炭鉱のカナリアだ」と、ニューヨーク市住宅公社(NYCHA)のジョイ・シンダーブランド復興・レジリエンス担当副社長は言う。「市域には520マイル(約840キロ)の海岸線がある。今はまだ、重要な教訓を学んでいる最中だ」
ハーレド・フセインは現在62歳のエンジニアだ。7歳でクウェートに移住した後、イスラエル占領下のパレスチナ自治区ヨルダン川西岸へ、そこからさらにニューヨークへ移住した彼は、戦場がどんなものかを身をもって知っている。