2050年には8億人の都市住民が水上生活に?──海面上昇と異常気象で急務の洪水対策

CITY OF WATER

2022年8月5日(金)15時10分
アダム・ピョーレ(ジャーナリスト)

220802p18_SSG_03.jpg

21年にアイダの直撃を受けたニューヨークの地下鉄駅 DAVID DEE DELGADO/GETTY IMAGES

ブルックリンのコニー・アイランドにやって来たのは、12年のサンディ襲来の直後。目の前には故郷で見たものと同じくらいひどい光景が広がっていた。

上空から豪雨を降らせたアイダと違い、サンディは大西洋から沿岸に押し寄せた。満月に近い大潮の日に上陸したため、海水面が通常より4メートル以上も上昇し、道路、地下鉄駅、送電施設、下水処理場が浸水。生ごみが水路に流れ込み、地下室が水没し、マンハッタンのダウンタウンの一部は腰までの高さの湖と化した。

200万人近くが暗闇の中で水浸しになった。最も大きな被害を受けたのは貧しい者と弱者だ。洪水のせいで、病院や老人ホームでは6500人以上が避難を強いられた。約3万5000戸の公営住宅を含むNYCHAの建物400棟以上で電力と暖房、給湯が供給不能になった。

コニー・アイランドでは北岸と南岸の両方向から水が押し寄せ、多くの自動車が押し流された。公営住宅や民間集合住宅が立ち並ぶ大通りのサーフ・アベニューでは、海水が地下室に流れ込んでボイラーが壊れ、水や電気も止まり、高齢者はエレベーターを使えずに高層階で足止めを食らった。やがて水が引いたときには土砂が最大2メートル近く積み上がり、建物のドアを塞いだり、道路を埋め尽くしたりしていた。

「それまで見たことのない光景だった」と、フセインは振り返る。フセインが経営する建築設計会社は、被災した公営住宅で緊急に非常用発電機を導入する作業に当たった。「水洗トイレを流せず、住人たちは階段で用を足していた」

サンディによって思い知らされたのは、都市計画の担当者たちがニューヨークという町の脆弱性についていかに無知だったかということだ。

この大型ハリケーンにより浸水の被害が及んだのは、海沿いの地区だけではなかった。市内の土地の推定17%が浸水した。この面積は、連邦政府の洪水マップが「100年に1度」の洪水で浸水する可能性があるとしていた面積の1.5倍以上だ。

想定が甘かったのはニューヨークだけではない。17年に発表された研究によると、99~09年にテキサス州ヒューストンで発生した浸水の75%は、洪水マップの予想に含まれない地域で起きたものだった。同じ年に国土安全保障省が発表した報告書によると、洪水マップの58%は「ほぼ時代遅れ」とのことだった。

サンディが変えた洪水対策

「サンディが大きな転換点になった」と語るのは、当時ニューヨーク市の職員で、後にデブラシオ市長の下で気象災害対策に携わったダニエル・ザリリだ。

「気候変動によるリスクが紙の上の話ではなく、現実のものだとはっきり思い知らされた。それは、どこか遠い場所の、遠い未来のことではなく、目の前にある問題なのだと分かった。対策を講じる必要性を実感させられた」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中