最新記事

気候変動

2050年には8億人の都市住民が水上生活に?──海面上昇と異常気象で急務の洪水対策

CITY OF WATER

2022年8月5日(金)15時10分
アダム・ピョーレ(ジャーナリスト)
洪水

THOMAS JACKSON/GETTY IMAGES

<ニューヨークでも既に暴風雨による溺死事故が起きている。原因は200年以上前の建設当時には想定していなかった水位の上昇。しかし、樹木の撤去や維持費など、対策には市民の理解をまだ得られていない>

ニューヨークで命を落とす原因は無数にあるが、多くの市民にとって暴風雨による溺死は想定外だった。2021年9月、ハリケーン「アイダ」が熱帯低気圧に変わってニューヨーク市を襲い、秒速35メートルの強風が吹き荒れた。1時間当たりの降水量は90ミリ近くに達し、旧式の下水道システムが処理できる水量のほぼ2倍を記録した。

洪水警報は間に合わなかった。クイーンズのウッドサイド地区では、あふれた下水が狭い違法地下アパートに流れ込み、ネパール人夫婦と2歳の息子が溺死した。同じクイーンズの一角にあるジャマイカ地区では、洪水で流された車が建物の側面に激突。建物の一部が崩壊し、43歳の母親と22歳の息子が亡くなった。ブルックリンのサイプレス・ヒルズ地区付近では、地下の寝室で助けを求める66歳のエクアドル人移民を救えなかった。

「この暴風雨は地図を描き換えた」と、5日後に惨状を視察したビル・デブラシオ市長(当時)は沈痛な面持ちで言った。「洪水は沿岸部のものだと思っていたが、そうではない。市内全域で発生する可能性がある」

国連が発表した最近の報告書によると、気象関連の災害の報告件数は過去50年間で5倍に増えた。アイダのような強力なハリケーン、被害総額400億ドル以上といわれる昨年7月のドイツの大洪水、400人以上が死亡したインドのモンスーン豪雨、カナダ西部で200人以上が死亡した同年6月の熱波などだ。

気温上昇の大きな要因は、化石燃料の燃焼による温室効果ガスの排出だ。それによって地球の大気が保持する熱量と湿度が上昇し、より激しい暴風雨が起きやすくなっている。一方、海水はより多くの熱を吸収して膨張し、海面上昇を引き起こしている。異常気象の実態は、ほんの数年前の科学者の予測より深刻なものであることが証明されつつある。

気温上昇と強力な暴風雨の発生は、沿岸部の都市にとって直接的な脅威となる。今では大災害級の洪水や強風、高潮など以前はまれだった極端な自然現象に、驚くほどの頻度で見舞われる都市が世界中で増えている。

100年に1度程度の発生頻度だったハリケーン「サンディ」(12年)級の暴風雨も、今後はより頻繁に発生すると予想されている。気候変動の影響を想定していなかった時代に造られた古いインフラは、このクラスの暴風雨の前ではひとたまりもない。現時点で最大限の備えをしている都市も安全とは限らない。

異常気象の時代がやって来る

世界の都市を守る必要性はますます高まっている。米海洋大気局(NOAA)によると、20年にはアメリカだけで22件の気象災害が発生し、被害額は10億ドルを超えて過去最大となった。ヨーロッパの洪水も、西欧史上最大の被害額を記録した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ミャンマー地震の死者1000人超に、タイの崩壊ビル

ビジネス

中国・EUの通商トップが会談、公平な競争条件を協議

ワールド

焦点:大混乱に陥る米国の漁業、トランプ政権が割当量

ワールド

トランプ氏、相互関税巡り交渉用意 医薬品への関税も
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジェールからも追放される中国人
  • 3
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中国・河南省で見つかった「異常な」埋葬文化
  • 4
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 5
    なぜANAは、手荷物カウンターの待ち時間を最大50分か…
  • 6
    不屈のウクライナ、失ったクルスクの代わりにベルゴ…
  • 7
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 8
    アルコール依存症を克服して「人生がカラフルなこと…
  • 9
    最悪失明...目の健康を脅かす「2型糖尿病」が若い世…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えない「よい炭水化物」とは?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 7
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    大谷登場でざわつく報道陣...山本由伸の会見で大谷翔…
  • 10
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中