最新記事

BOOKS

「俺のことわかる?」自分の彼女を殺した犯人に面会に行った男性が、知りたかったこと

2022年7月22日(金)18時20分
印南敦史(作家、書評家)

写真はイメージです iStock.

<「メディアが報じない事件のその後」を扱うYouTube「日影のこえ」。チャンネルでナレーションを担当する男性は、2015年のある殺人事件の関係者だった>

「日影のこえ」というYouTubeチャンネルを知ったきっかけは、『売春島――「最後の桃源郷」渡鹿野島ルポ』(彩図社)など優秀な著作を発表してきたノンフィクションライター、高木瑞穂氏のツイッターだった。

映像作家、我妻憲一郎主幹のチャンネルであり、高木氏も全面的に関与している「日影のこえ」は、「メディアが報じない事件のその後」をテーマに、事件の当事者が語る短編ドキュメンタリー。さまざまな事件の見えにくい部分が明かされていくので、私もその取材姿勢には強く共感していた。

『日影のこえ――メディアが伝えない重大事件のもう一つの真実』(高木瑞穂、YouTube「日陰のこえ」取材班・著、鉄人社)は、同チャンネルで取り上げられた9種の重大事件の内容を、さらに深掘りして書籍化したものだ。発行意図について、高木氏は次のように述べている。


 テレビ、新聞、ネットニュース。あらゆる情報や"声なき声"が流れては消えていく。しかし、この世で実際に起きていることは、大手メディアが報じる"大きな声"だけではない。"小さな声"かもしれないが、しっかりと伝え、記録に残したい。2020年10月、こうしてユーチューブ『日影のこえ』は立ち上がった。ちなみに、声をひらがなにしたのは、声になってない"こえ"を取り上げる、という思いからだ。(「はじめに 日の目を見ることがなかった声なき声を」より)

さらに言えば、「日影のこえ」というチャンネル名自体も"あるきっかけ"に基づいて生まれたそうだ。「社会で日の目を見ない問題はたくさんあるけど、その中にも大事なことがある。それを伝えることは大きな意義があると思う。そんな"声"を届けるチャンネルを作りたい」という高木氏の意見に対し、ある人がこう反応したのだ。


「ならチャンネル名は"日影のこえ"でどうですか? 自分は事件以来、ずっと"日影"で過ごしてきましたから」(「はじめに 日の目を見ることがなかった声なき声を」より)

発言の主は、このチャンネルでナレーションを担当している宇津木泰蔵氏。当初は「Tゾウ」という名で紹介され、チャンネルに登場していた彼は、2015年に起きた「中野劇団員殺人事件」で恋人を殺害された人物である。

事件は長らく未解決で、当初、捜査は難航したそうだ。そんななか宇津木氏は、殺害された恋人との共通の夢だった役者の道を断念し、「犯人逮捕や事件の真相を知るために生きていこう」と決断、それを実践していた。

一方の高木氏は、そんな彼に寄り添うなかで自身の価値観が変わったことを認めている。


 以前は、殺人事件が発生すれば事件記者の本分を正当化するため真っ先に現場入りし、被害者遺族の証言や被害者の顔写真などスクープを追い求めていた。だが、彼と過ごした歳月がその価値を見出せなくしていた。つまり、目の前で苦しみ続ける泰蔵を、彼のように事件によって狂ってしまった人たちの人生を伝えることこそに、ある種の使命感を覚えるようになったのである。(「はじめに 日の目を見ることがなかった声なき声を」より)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中