最新記事

ウクライナ情勢

「僕は友人を射殺した」──敵も味方もない戦場マリウポリの実態

“I SHOT MY FRIEND”

2022年6月1日(水)16時40分
伊藤めぐみ(ジャーナリスト)

220607p44_MUP_03.jpg

アゾフスターリ製鉄所構内の遺体 ALEXANDER ERMOCHENKOーREUTERS

「ドネツク人民共和国」では2月下旬のロシアの侵攻以降、強制的な徴兵が行われている。キリルらは3人を病院に迎えることにした。

セルゲイとジェニという兄弟と、もう1人同じ名前のセルゲイという人物だった。

「シェルターでお互いの話をして友達のような関係になったんだ」

3人の兵士はそこで避難する人たちの惨状を見た。

「食べ物や薬もわずかだった。そしたら彼らはロシア軍の上官のところに戻って話をしてくれて、『ウクライナ軍は撤退しているから、住民は民家に残っている食料を取りに行っていい』と言っていることを教えてくれた」

その後、3人はDPR軍の兵士として、多くの市民や兵士がいるアゾフスターリ製鉄所への攻撃に加わることになった。不思議な話だ。友情が芽生え、一方はシェルターを提供し、一方は食べ物を手に入れられるように交渉を買って出た。お互いを助け合った。しかし、最後には敵同士の位置に戻る。

それでもここまでの話であれば、「戦場で一瞬生まれた友情」として記憶できたかもしれない。キリルは息を吸い込んで話を続けた。

その後の出来事は、おそらく彼の推測も少し入っている。その日の朝、3人を含むロシア軍とDPR軍はアゾフスターリに向かった。しかしウクライナ側の反撃に遭い追い返された。3人の兵士も夜に撤退した。逃げる最中、時に敵も味方も混乱するなかで、ロシア軍の砲撃がこの3人の近くに着弾した。激しい揺れと音で3人は混乱状態になった──。

「夜に誰かが病院に近づいてきたんだ。病院では自分たちで決まりをつくっていて、夜にやって来る人は、遠くから名前を名乗らせると決めていた。でも何度も聞いても返事がない。だから発砲した」

キリルが近づいてみるとあの3人の兵士が倒れていた。2人は死んでおり、うち1人はまだ生きていてキリルの目を見たという。3月22日のことだった。

「なぜ病院に戻ってきたの? なぜ名乗らなかったの?」

私は通訳に混乱しながら尋ねた。

「僕にも分からないよ! 安全だと思ったのかもしれないし、砲撃で混乱していたのかもしれないし」

この話の通訳を私が聞いている間、キリルはたばこを吸い始めた。ちょうど自分が友人を殺したと訳される頃、彼はその場を一瞬離れた。自分のしたことが繰り返し語られるのも、それを聞いた人の反応を見るのも恐ろしかったのかもしれない。最後に自分を見た兵士のまなざしが忘れられず、彼は悪夢を見るようになったという。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    注目を集めた「ロサンゼルス山火事」映像...空に広が…
  • 10
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中