最新記事

ウクライナ

ウクライナ電力網、ロシア系統から独立に成功も「崩壊寸然」の新たな危機

2022年5月10日(火)18時00分
青葉やまと

ウクライナの電力網が危機に瀕している...... REUTERS/Gleb Garanich

<侵攻による数々の被害を乗り越えてきたウクライナの電力網。しかし、新たな課題が発電各社に迫る>

ロシアによる侵攻以来、ウクライナ電力供給網は幾度となく危機を乗り越えてきた。だが、欧州政策分析センター(CEPA)はウクライナの発電事業各社が「財政面で崩壊が近い」と警告し、事業の継続性に危機感を示す。大量の難民発生による電力消費の落ち込みを受け、収入は3月の最悪期で約60%の低下を記録した。

同地での電力事情は、綱渡りの連続だった。2月の侵攻当時、電力網はロシアの電力網から独立して動作可能な「アイランド・モード」を72時間の予定で試験運用していたが、これを急遽延長して対ロシアの独立性を確保した。

ウクライナは独自の発電所を擁する。しかし、西部ブルシュティンの一帯を除き、送電網ほぼ全体として長年、ロシア系統への接続を前提とする運用となっていた。近年ロシアからの電力購入は行なっていないが、もともとベラルーシとともにロシアの送電系統に属していたことから、歴史的にこのような形態が残っている。

本来72時間で終了するはずだったアイランド・モードのテストだが、侵攻を受けて長期化することとなる。その後、ロシア軍による一部発電所の占拠や破壊などで発電能力が低下する局面もあったが、南側に隣接するモルドバから電力を融通しながら急場を凌いだ。

エネルギーにまつわるロシア依存は、もはや明確なリスクだ。ウクライナ太陽発電協会の会長でありエネルギー移行連合の会員でもあるアルテム・セミニシン氏は米WIRED誌に対し、「ロシアの電力網に戻ることは今後一切ないでしょう」と語る。

欧州系統への緊急接続に成功

侵攻による電力危機は、結果としてウクライナの脱ロシア化を加速し、欧州電力網への接続を早める効果を生んだ。

発電能力の不足により需給バランスが崩れると、周波数を保てなくなり、大規模な停電を招くおそれがある。そこで安定した電力を確保すべく、侵攻の翌3月には欧州送電網への緊急接続を試み、見事成功させている。

ロイターによるとこの試験接続は本来、機器の導入と試験に1年以上を要すると見積もられていた。接続先の送電網は欧州送電系統運用者ネットワーク(ENTSO-E)と呼ばれ、欧州35ヶ国に位置する39の送電業者が加盟する大規模なものだ。

実現の布石となったのが、前述のアイランド・モードだ。侵攻直前から行われていたこのテストにより、ウクライナが平時であれば単独で需給バランスを満たせることが証明され、欧州電力網への接続要件の一部を満たした。さらに、本来よりも手順を簡略化したテストを追加で実施し、3月中旬にENTSO-Eへの緊急接続を果たしている。

ロシア依存を軽減しENTSO-Eを頼るこの計画は、2014年のクリミア危機後に浮上していた。しかし、技術的な課題をクリアしてなお、政治問題が実現の壁として立ちはだかっていた。侵攻という非常事態を受け、この課題が一挙に取り払われた格好だ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

英消費者信頼感指数、4月は23年11月以来の低水準

ビジネス

3月ショッピングセンター売上高は前年比2.8%増=

ワールド

ブラジル中銀理事ら、5月の利上げ幅「未定」発言相次

ビジネス

米国向けiPhone生産、来年にも中国からインドへ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは?【最新研究】
  • 2
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    日本の10代女子の多くが「子どもは欲しくない」と考…
  • 5
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 6
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 7
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 8
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 9
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 10
    欧州をなじった口でインドを絶賛...バンスの頭には中…
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 10
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中