【河東哲夫×小泉悠】いま注目は「春の徴兵」、ロシア「失敗」の戦略的・世界観的要因を読み解く
徴兵への抵抗運動が高まってくるかどうかに注目
――ロシア国内の情報統制はどう?
■小泉 まず、ツイッターやフェイスブックといった西側のSNSにはつなげなくなった。これまでは厳しくても中国ほどではないと言われてきた。だが、今回はあっさり遮断された。戦争が始まるといきなりスパっと切ってしまった。
メディアはもともと政府の影響があり、ペスコフ報道官がメディアの編集長クラスを集めて会議を開いている。メディアが取り上げるアジェンダに政府が影響を及ぼしている。
抵抗するテレビ局、ラジオ局はいくつかあったが、そういったものはみんな停波処分になり、ユーチューブチャンネルも閉鎖された。報道官が「今のうちにお気に入りのビデオは保存しておいて」と言っていた。
自分から積極的に情報を探す層はこの戦争はおかしいと思っているが、真っ当に暮らしていて学校や仕事に追われてちらっとニュースを見るぐらいの人は、今何が起きているのか分からない状況だろう。
――テレビ局で放送中に掲げられた反戦プラカードについても、ロシア国内の保守的な人から見れば、理解されなかったということ?
■河東 ニュース番組に女性が乱入し、戦争反対のプラカードが映ったのは一瞬だったので、視聴者には何のことか分からなかったでしょう。それに実態を知ればロシア国民も反対するだろうというのは頭で考えればそうだが、現実のロシアではそうならない。
ほとんどの人は生活で手一杯だし、関心を持っているインテリはほんの一掴み。大衆のほとんどは、ウクライナ戦争には関心を持たない。
自分たちの生活が苦しくなれば関心を持つかもしれないが、その時にプーチンが悪いと思うのか、それとも西側のせいで苦しくなったと思って西側に敵意を持つのか。そこの境目にあると思う。
現在は春の徴兵が行われている。18歳~27歳の一部のロシア人が徴兵されるが、彼らが招集に応じるかどうか。ウクライナをめぐる真実を知っている者は実は多いだろうから、徴兵への抵抗運動が高まってくるかどうか注目している。
■小泉 徴兵逃れは起きるでしょう。2003年に志願兵を増やした際、徴兵は戦地に送らないと言っていたが、5年後のグルジア戦争では送られた。手違いでしたと釈明して、みんな帰したと主張しているが、誰も信じていない。
今の状況では、徴兵も戦場に放り込まれるのは間違いない。みんな徴兵を逃れようとすると思う。ベトナム戦争の時のように大学生が大きな運動をするのではなく、医者に行って金を払い、身体が弱いという診断書を書いてもらうなど、徴兵逃れは個人単位で行われるだろう。
かつてロシアの国防大臣が「我が国の若者は徴兵年齢になると具合が悪くなる」と語ったこともある。郊外のダーチャ(別荘)に隠れて令状を受け取らない方法もある。
すでに戦地にいる徴兵たちが、帰還できるのかが気になる。徴兵の命令は3カ条からなり、徴兵の期間と人数、除隊時期、発効日が書かれている。前回の徴兵の除隊期間が、現状では守られそうにない。
除隊の期限が来たが、志願兵に無理矢理応じさせるケースも出てくるだろう。応じないと服を燃やされることもある。軍から支給された制服や下着は本来は返さないといけないので、出ていいけど全裸だよと。無理矢理応じさせることが、今回も出てくるのではないか。
このように、一見ちゃんとした制度があるようで、しれっと乱暴に乗り越えていくところがロシアの興味深いところです。