【河東哲夫×小泉悠】いま注目は「春の徴兵」、ロシア「失敗」の戦略的・世界観的要因を読み解く
8年前からアップデートされていない情報戦
――『日本がウクライナになる日』では、2014年はロシアの情報機関の働きがスムーズだったので、無血に近いクリミア併合ができたと指摘されている。この数年の間で、ロシアの情報機関に何か変化があったのか?
■河東 2014年のクリミア併合は無血に近い形で制圧し、うまくいった。情報調査がうまくいった結果というより、現実の状況がロシアにとって有利だった。
クリミアに住んでいる人々はロシア系住民が多く、当時の給料はとても低かった。政府からお金もらっている公務員や軍人が多く、給料はロシアの3分の1ぐらいしかなかった。ウクライナの軍人でも、降伏してロシアに入れば給料が3倍になると思った。
だからロシアに抵抗もしなかったし、住民投票でもむしろ併合を歓迎した。それは本音だったと思う。こうした情勢をGRUというロシア軍の情報当局が事前に調べていた。
今回は現実の情勢がロシアにとって有利ではなかった。東ウクライナの不利な現実をプーチンに報告しなかったことが、情報当局の誤りだろう。情報当局とは、おそらく昔のKGB(カーゲーベー)の後身FSB(エフエスベー)の第五局だったのではないか。
この部署は旧ソ圏諸国との関係を管理している。非常に帝国主義的で、ウクライナや旧ソ連を上から目線で見ている。それらの地域が必ずロシアに戻ってくるという目線で見ている人々と言える。
■小泉 クリミア併合はあの土地の特殊性が関係していた。現地の住民には本当に、我々はロシアだという感覚があった。クリミアのセバストポリの港にはロシアとウクライナ両国の海軍が並んでいる。そこで実際にロシア軍のほうが3倍高い給料もらっているのを見れば、ウクライナ人の間でロシアに併合されたほうがよいという感覚が生まれてくる。
また、2014年はロシアの特殊部隊がインターネットのプロバイダやテレビ放送を抑えたので、ウクライナの人々の認識は投票所に行くまでにロシア寄りに書き換えられていた。
アメリカのランド研究所がまとめているが、当時ロシアは「ウクライナの政権はあなたたちを迫害する、この政変はアメリカの陰謀だ」という情報を流し込んだ。そして、クリミアの住民は自主的に判断した。
これはロシアの反射統制という情報戦理論そのまま。ロシアはどういう刺激を与えたらどういう反応が返ってくるかを計算し、情報戦を行った。だが、今回はそれがどうも下手。
ウクライナはすでに8年間もロシアと戦っていて、情報戦への耐性もできていた。国際社会もロシアが悪いと判断した。8年前からアップデートされていない情報戦を行ったことも、失敗の原因ではないか。