最新記事

自己啓発

多くの冒険家が「43歳」に命を落とすのはなぜ? 経験の豊かさと肉体の衰えが交差するとき

2022年4月24日(日)17時25分
角幡唯介(ノンフィクション作家 探検家) *PRESIDENT Onlineからの転載

上昇する経験線と下降する生命力線のあいだにひろがる領域は、冒険家にとっては魔の領域だ。この領域にはまると、衰えゆく肉体でスケールの大きな冒険を実行するわけだから、危険度が増す。先ほどのグラフでしめしたように、経験の世界は拡大膨張し、上昇線をえがくが、生命力のほうは下降線をたどりそれに追いついていかず、逆に年齢をかさねるごとに肉体と経験の差はひらく一方となる。すなわち、このゾーンが四十三歳の落とし穴なのである。

四十二歳という、まだ四十三歳ではないが四捨五入したら四十三歳みたいな年齢に突入している私は、すでにこの魔の領域に足を踏みいれていることを自覚していた。

「魔の領域」に入って初めて気が付いたこと

実際、四十になる前から、私はこの四十三歳の落とし穴という人間法則を認識していたので、自分が四十二とか四十三歳の該当年齢になったら決して危ない旅には出ず、家でまったり、のんびりお茶でも飲んですごして、家族でハイキングや温泉旅行を楽しみ、せいぜいライトな沢釣りや雪山に行く程度にとどめよう、などと呑気(のんき)なことを考えていた。現実問題として死の危険が高いことはわかっているのに、なぜ皆わざわざその年齢で危ない冒険に出かけるのか、家でのんびりして四十三歳はやりすごし、四十四歳になったらまた本格的に活動すればいいじゃないか、阿呆ではないか、と心のなかで余裕をかましていた。

それに個人的には前の冬に極夜の探検という、四年がかりの大きな探検プロジェクトを終え、それなりの満足感をおぼえていた。常識的に考えたら、そのつぎのシーズンにまた同じ地域で探検活動をおこなう理由はなく、すくなくともワンシーズンぐらいは家で休養し、海で子供と遊んですごすのが道理である。

ところが現実に自分がその年齢圏に足を踏みいれると、まるでそんな考えなど忘れたかのように、性懲りもなく、いそいそ北極に来てしまっている自分がいるのである。

いったい、どうしてこんなことになるのか?

四十三歳が近づき、気がついたことがひとつある。それは、この時期を家でまったりやりすごすことはありえないということだ。実際にその年齢にさしかかると、危ない時期だとわかっていてもやるしかないのである。なぜか?

それは焦燥感が生まれるからだ。

私は自分がその年齢になるまで、この焦燥感についてまったく想像できていなかった。

ここで生まれる人生最高の思いつき

くりかえしになるが、人間、ひとつの物事に打ちこみ四十を過ぎると、経験値があがって様々なことを想像できるようになるため、若い頃には考えられなかった、自分だけの壮大な計画を思いつくことができるようになる。

この〈思いつき〉というやつは、それまでの独自の経験をふまえているだけに、その人ならではのものとなってゆく。なぜなら経験をつむということは、あ、前回はこういう経験をしたから、つぎはそれをふまえてこういうふうにやったらもっと面白くなるんじゃないか、という発見のくりかえしだからである。こうした気づきと改善をくりかえすうちに、その思いつきは、他の人が思いつくものとは徐々にずれてゆき、結果、四十過ぎになると、その人にしか閃(ひらめ)かない、じつに固有度の高いものになってゆく。

その意味で四十三歳で思いつく構想は、確実にこれまでで一番自分らしい最高の行為となるはずである。地道にひとつのことをつづけ、世界を深めてゆき、そしてこの年齢に達すると、どうしてもそういう面白い行為を思いついてしまうのだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル一時2週間ぶり安値、トランプ関税

ワールド

米ロス北部で新たな山火事、延焼拡大で約1.8万人が

ビジネス

トランプ氏の関税収入の減税財源構想、共和党内から反

ワールド

シリア経済、外国投資に開放へ 湾岸諸国と多分野で提
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプの頭の中
特集:トランプの頭の中
2025年1月28日号(1/21発売)

いよいよ始まる第2次トランプ政権。再任大統領の行動原理と世界観を知る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 2
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵を「いとも簡単に」爆撃する残虐映像をウクライナが公開
  • 3
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの焼け野原
  • 4
    「バイデン...寝てる?」トランプ就任式で「スリーピ…
  • 5
    欧州だけでも「十分足りる」...トランプがウクライナ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    【クイズ】長すぎる英単語「Antidisestablishmentari…
  • 8
    トランプ就任で「USスチール買収」はどう動くか...「…
  • 9
    電子レンジは「バクテリアの温床」...どう掃除すれば…
  • 10
    「後継者誕生?」バロン・トランプ氏、父の就任式で…
  • 1
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 2
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 3
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 4
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 8
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの…
  • 9
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中