最新記事

自己啓発

多くの冒険家が「43歳」に命を落とすのはなぜ? 経験の豊かさと肉体の衰えが交差するとき

2022年4月24日(日)17時25分
角幡唯介(ノンフィクション作家 探検家) *PRESIDENT Onlineからの転載

ところが、その一方で肉体は衰えはじめ、生命体としてのパワーが下降線をたどり、全体的に勢いがなくなり、この過去最高の表現を実現するだけの時間はもうあまりのこされていないとの自覚もめばえる。

その結果どうなるか。当然つぎのような発想になる。

今は身体がまだ動くので、なんとかなりそうだ。なら、身体が動くのこり少ないわずかな時間をつかって、この固有度の高い思いつきを実行しなければならない。なにしろ思いついてしまったのだ。思いついてそれをやらなければ、私の人生はそれを思いついたのにやらなかった人生に頽落(たいらく)し、布団のうえで死ぬときにかならず、嗚呼(ああ)オレはあれをやらなかった......と後悔することになる。

過酷な旅への原動力

角幡唯介『裸の大地 第一部 狩りと漂泊』でも、やれば人生を肯定できる。その機会を逃したくない。だったら今のうちにやるしかない。今やらないと、もう身体が動かなくなり、この思いついた固有の行為を実行するチャンスを永久に逃してしまうかもしれない。もし今年、まったりと家ですごしてワンシーズンを無駄にしたら、そのつぎのシーズンはもっと気力が衰えているだろうから、そのぶん、その自分由来の行為をものにできる可能性は低くなる。今やるしかないのだ――。

四十三歳で多くの冒険家が死亡するのは、たぶん、体力が経験に追いつかなくなることより、むしろのこされた時間が少ないと感じて行動に無理が出るからだ。

南極大陸犬橇横断を最終目標としていた植村直己が、やらなくてもいいように思える冬のデナリにあえてむかったのは、なんでもいいから身体を動かしておかないと、南極が、すなわち彼固有の、彼にしか思いつけない最高の行為が遠のくという焦りがあったからだ。北極点から愛媛の自宅に帰るという旅に出発した河野兵市にも、おなじような焦燥があっただろう。

すくなくとも、二〇一八年三月に私をシオラパルクにむかわせた原動力として、この年齢の焦りは確実に作用していた。私がやりたかったのは、北極で狩りをしながら長期に漂泊することだ。それは今年やらなければ、もう永久にできないことだと思われた。

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

ノンフィクション作家、探検家
1976年、北海道芦別市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。同大探検部OB。2003年に朝日新聞社に入社。08年に退社。謎の峡谷・チベットのヤル・ツアンポーの未踏破地域の探検を描いた『空白の五マイル』は開高健ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞、梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞。ネパール雪男捜索隊の体験記『雪男は向こうからやって来た』は新田次郎文学賞を受賞。16~17年、太陽が昇らない冬の北極圏を80日間にわたり探検し、18年『極夜行』(文春文庫)で第1回Yahoo! ニュース 本屋大賞ノンフィクション本大賞、第45回大佛次郎賞。他著書、受賞多数。19年から犬橇での旅を開始、毎年グリーンランド北部で2カ月近くの長期狩猟漂泊行を継続している。近著に『狩りの思考法』(アサヒ・エコ・ブックス)、『裸の大地 第一部 狩りと漂泊』(集英社)などがある。


※当記事は「PRESIDENT Online」からの転載記事です。元記事はこちら
presidentonline.jpg




今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ゼレンスキー氏「平和実現なら辞任の用意」、NATO

ワールド

ドイツ総選挙、最大野党CDU・CSUが勝利 極右第

ワールド

ウクライナ資源譲渡、合意近い 援助分回収する=トラ

ビジネス

米バークシャー、24年は3年連続最高益 日本の商社
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チームが発表【最新研究】
  • 2
    障がいで歩けない子犬が、補助具で「初めて歩く」映像...嬉しそうな姿に感動する人が続出
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 5
    見逃さないで...犬があなたを愛している「11のサイン…
  • 6
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 7
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 10
    イスラム×パンク──社会派コメディ『絶叫パンクス レ…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 5
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 6
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中