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多くの冒険家が「43歳」に命を落とすのはなぜ? 経験の豊かさと肉体の衰えが交差するとき

2022年4月24日(日)17時25分
角幡唯介(ノンフィクション作家 探検家) *PRESIDENT Onlineからの転載

二十代や三十代は生命体としての内燃機関の性能が高く、摂取したエネルギーを即座に行動にかえるだけの燃焼力がある。なので何か計画を思いついたら、その衝動につきうごかされるように、すぐに行動に取りかかることができる。むしろ頭では落ちつけ落ちつけとなだめても、身体のほうがもういてもたってもいられなくなって、爆発しそうな勢いでつぎの日には飛び出してしまう、という状態だ。

40代が直面する悲しい現実

だが四十を過ぎると、どうしたって肉体の燃焼力は低下し、何か行動にとりかかるとしても、自分の尻に鞭をうち、叱咤(しった)激励して自らを鼓舞しなければ実行できない。生命体としての総合的なパワー、すなわち生命力が下降し、なんか面倒くさいなぁと腰が重くなりはじめるわけだ。それが気力の低下とよばれるものである。

横綱千代の富士が引退会見の席でのこした名台詞、「体力の限界......気力もなくなり、引退することになりました」とはこのような意味だったと解することができる。正確には千代の富士が引退したのは三十五歳だが、相撲とちがって冒険のほうは瞬発系ではなく持久系の運動なので、行為者としての寿命はもう少し延長され、四十三歳ぐらいでそれがくると考えられるのである。

このように四十になると、人の世界は経験によって拡大膨張し、その大きくなった世界をよりどころに様々な局面を想像できるようになり、冒険家にはなんでもできるという自信がうまれる。つまり経験値のカーブは上昇線をえがく。その一方で、肉体は衰えはじめ、体力や勢いや気力などが低下し、個体としての生命力は下降線をしめす。

グラフから見る「43歳」

もし、この二つの曲線を、x軸を年齢、y軸を実行力とする座標上に書いたら、つぎのようなグラフになるだろう(図表1)。

図表1

出展=角幡唯介『裸の大地 第一部 狩りと漂泊』(集英社)

若い頃は経験値をしめす線(経験線)がしたで、生命力をしめす線(生命力線)がうえにあり、その差は大きい。しかし経験線が年齢とともに上昇する一方で、生命力線は下降するわけだから、両者のあいだの差はじわじわ縮まっていき、どこかの時点でまじわることになる。そしてこの交点をさかいに両者の位置関係は逆転し、経験線がうえにきて、生命力線がしたにくる。おそらくこの交点は四十歳か四十一歳あたりにくると考えられる。

この推察が正しければ四十二歳から四十三歳にかけては、上昇する経験線と下降する生命力線のあいだのひらきが大きくなりはじめる年齢ということになる。その後、加齢にしたがいどんどんひろがっていく。

このグラフが意味するものは、肉体にしばられた人間という生き物の悲しい現実だ。

ここまで論じたように四十三歳の冒険家は経験値があがり、いろいろなことが想像できるようになり、どんな冒険計画でも実現可能だというある種の万能感をいだいている。若い頃には到底思いもよらなかった大きな規模のことを思いつき、それを実行できる自信がある。思いつく計画はしだいにスケールアップするため、規模は大きくなってゆく。

「落とし穴」の正体

でも現実としての肉体は衰えはじめている。本人は衰えを認めたくないし、まだ十年前と同じ体力を保持していると思っている、というかそう信じたい。だから、まだまだ行ける、行けるはずだ、おれは......と過去の幻影にしがみつき、そのスケールの大きな冒険を実行することになる。その結果、下降線をたどりはじめた肉体が、拡大するおのれの世界に追いつかないという現実が待っている。そして遭難する。

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