認知症の世界を「実感」できる本、『認知症世界の歩き方』から見えること
── 当事者の世界の見え方を旅行記にし、その助けとなる知恵やツールを旅のガイドとされています。こういった工夫はどのようにして思いついたのですか。
最初はご本人の体験記やケーススタディとしてまとめようと思っていました。ですが、認知症について興味をもっていない人にも届けるにはもっと工夫がいるのではないか、と考えました。いろいろな方との対話を経てたどり着いたのが、認知症のある方が経験する出来事や見える景色を「認知症世界」という仮想世界に展開し、そこを旅する人の「旅のスケッチ」と「旅行記」にまとめるという形式でした。
乗るとだんだん記憶をなくす「ミステリーバス」や、入浴するたび変わるお湯「七変化温泉」。こうした13のストーリーを読み進めると、認知症のある方の世界の見え方を体験することができます。その集大成が『認知症世界の歩き方』であり、ライツ社さんの協力のもと書籍化の運びとなりました。
「わかってもらえない」を減らしたい
── この本を通して特に伝えたかったメッセージを改めて教えていただけますか。
認知症について「ご本人の視点」からフラットに理解していただきたいという思いがあります。たとえば「入浴をいやがる」という状況一つとっても、その人の心身の状態や生活習慣、環境によって、なぜ嫌なのか、何を大変と感じているかは異なります。困りごとの背景にある理由がもっと知られるようになれば、ご本人も、その家族や介護者も、お互いの「わかってもらえない」「わからない」というすれ違いを減らしていけるはず。そして、「生きづらさ」の課題解決はデザイナーの仕事でもあると考えているんです。
よく「ご本人が認知症であることを自覚していない」という声を聞きますが、実際には、ご本人は自覚していることが多いようです。問題は、それを認めさせない周囲の環境にあるのだと思います。認知症だと認めたら、それは社会から「何もできない人になってしまった」というレッテルを貼られてしまうのではないか。そんな不安が、ご本人が「認知症であること」を認めることを阻害しているのです。そんな思いをさせてしまう状況も、認知症について正しく理解して受け入れる方が増えてくれば、変わってくるように思います。
正しい理解につなげていくためには、書籍だけでは限界があると考え、「認知症世界の歩き方カレッジ」という新しい取り組みをはじめました。クイズ形式で自分の知識習得レベルを確認できる「認知症世界の歩き方検定」、オンラインのゲームを通じて体験する「認知症世界の歩き方ダイアログ」、そして仲間との対面での対話を通じて学ぶ「認知症世界の歩き方Play!」の3つです。認知症に関心のあるすべての方が対象で、そのほか認知症フレンドリーな商品・サービスの事業開発や改善に取り組む企業向けの研修、認知症フレンドリーなまちづくりに関わる自治体向けの研修も始まっています。