反対渦巻くカンボジア・フンセンのミャンマー訪問 「親中の独裁者が来ても」と国民の期待は薄く
ミャンマー首脳の首脳会議出席を拒否
こうした膠着状態に業を煮やしたASEANは10月のASEAN首脳会議にミン・アウン・フライン国軍司令官を「ミャンマー首脳」として招待することを拒絶。これに不満を示したミャンマーが同会議を欠席するという異例の事態となり、一層溝が深まる事態に発展した。
そしてこの10月の会議を機にASEAN議長国がブルネイからカンボジアに代わり、ASEAN特使としてプラク・ソコーン外相を任命したフン・セン首相がミャンマー問題に急に取り組むこととなった。
フン・セン首相は12月15日に「ASEANのメンバーを現在の実質9カ国から10カ国に戻すことが最重要課題となる」と述べて、ミャンマーの「復帰」に取り組む姿勢を示したのだった。
ASEAN加盟国間ではミャンマー問題について、インドネシア、マレーシア、シンガポール、フィリピンなどが民主政府の復活、スー・チー氏即時解放、軍による反軍政市民への人権侵害の阻止などで積極的な姿勢を示している一方、カンボジア、ラオス、タイは軍政に一定の理解を示す姿勢をとるなど、ASEANとしての強固な結束がとれないという状況が生まれてきている。
ASEANが抱えるジレンマ
こうした各国の温度差は、ミャンマー軍政が後ろ盾として頼りにする中国と極めて関係が深いカンボジアとラオス、ミャンマーと同じ軍政の陰が色濃いタイと、それぞれの国が抱える状況が背景にある。
そのため今回のフン・セン首相のミャンマー訪問はASEANのコンセンサスを得たうえでの行動とはみられておらず、どちらかというとフン・セン首相の「スタンドプレー」の側面が強いととらえられている。ミャンマー問題で指導力を発揮して存在感を示したいという思惑がフン・セン首相にあるのは間違いないとみられている。
しかし今回のフン・セン首相の行動は、目標とする「5項目合意の履行」に関しても成果はなく、「訪問した、会談した」だけが残る結果となり、地域共同体として抱えるジレンマの深さが浮き彫りになっただけだった。
ミャンマー問題への取り組みに関して今後のASEANの足並みの乱れを危惧する声も出始めるなど、フン・セン首相の訪問は波紋を広げている。
[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など