最新記事

精神医学

マジックマッシュルームがもたらす幻覚が、「鬱病」を劇的に改善

TRIPPY TREATMENTS

2022年1月11日(火)10時30分
アダム・ピョーレ(ジャーナリスト)
マジックマッシュルーム

マジックマッシュルームの有効成分が鬱病治療の救世主になるかもしれない YARYGIN/ISTOCK

<マジックマッシュルームの有効成分「シロシビン」と「LSD」が、精神科医療に過去30年で最大の進歩をもたらす可能性>

アーロン・プレスリー(34)は大人になってからの大半の期間、自分を抜け殻のような、ゴミのような存在だと感じてきた。現実がひどく単調に感じられ、朝ベッドから出るのも大変なほどだった。ところがあるきっかけで、重くのしかかっていた鬱の霧が晴れてきた。

プレスリーはジョンズ・ホプキンズ大学病院の精神科のソファに横たわり、アイマスクをしてヘッドフォンからロシアの合唱隊が歌う聖歌を聴いていた。大量のシロシビン(幻覚を引き起こすキノコ「マジックマッシュルーム」の有効成分)を投与された後で、彼は明晰夢ともいうべき境地に入っていた。幻覚の中で家族の姿や子供時代の情景を見て、長い間忘れていた強い愛情を感じた。「地上の楽園という感じ」だったと彼は言う。

ジョンズ・ホプキンズ大学は精神療法とシロシビンを組み合わせた鬱病治療法の効果を評価するための小規模な研究を行っており、プレスリーは24人の被験者の1人だった。もし米食品医薬品局(FDA)の承認が得られれば、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)のプロザック登場以降、精神科治療における最大の進歩となるかもしれない。

鬱病に苦しむ人の数は全世界で3億人、アメリカでは成人の7%に当たる約1600万人といわれる。だが、3人に1人はカウンセリングや既存の治療薬では効果が見られない。

シロシビンを使った新しい治療は希望の光だ。プレスリーが参加した研究は2020年、米国医師会報(JAMA)の精神科専門誌で発表されたが、それによればこの治療法の効果は従来の抗鬱剤の4倍も高かった。投与開始から1週間で患者の3分の2の鬱症状が5割以上軽減し、1カ月後には半数以上が寛解したという。

アメリカと欧州では今、承認を目指してさらに大型の臨床試験が進行中だ。FDAから「画期的治療薬(ブレークスルーセラピー)」の指定も受けており、早ければ24年にも使えるようになるかもしれない。

ケアレスミスから表舞台に

マジックマッシュルームは古くからアメリカ先住民の間で使われてきたが、幻覚効果を持つ物質に西洋医学が目を向けるようになったのは1943年になってからだ。

きっかけはスイスの化学者アルベルト・ホフマンが、リゼルグ酸ジエチルアミドつまりLSDをうっかり摂取してしまったこと。彼はすぐに「夢のような状態」に陥り、「幻想的な絵や万華鏡のように色が変わる異様な形が途切れることなく次々と」目に浮かんだという。ホフマンは、LSDには精神疾患の治療薬としての用途があるかもしれないと考えた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ガザはパレスチナ人と支援者の「集団墓地」化=国境な

ビジネス

ニデック、差し止め求め仮処分申し立て 牧野フのTO

ビジネス

英CPI、3月は前年比+2.6%に鈍化 今後インフ

ワールド

米政府、ウクライナ支援の見積もり大幅減額─関係者=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気ではない」
  • 2
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ印がある」説が話題...「インディゴチルドレン?」
  • 3
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 4
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 5
    NASAが監視する直径150メートル超えの「潜在的に危険…
  • 6
    【クイズ】世界で2番目に「話者の多い言語」は?
  • 7
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    「世界で最も嫌われている国」ランキングを発表...日…
  • 10
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 1
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 2
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 3
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止するための戦い...膨れ上がった「腐敗」の実態
  • 4
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 5
    「ただ愛する男性と一緒にいたいだけ!」77歳になっ…
  • 6
    投資の神様ウォーレン・バフェットが世界株安に勝っ…
  • 7
    コメ不足なのに「減反」をやめようとしない理由...政治…
  • 8
    まもなく日本を襲う「身寄りのない高齢者」の爆発的…
  • 9
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 10
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 7
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中