マジックマッシュルームがもたらす幻覚が、「鬱病」を劇的に改善
TRIPPY TREATMENTS
その後、ニューヨークの銀行家R・ゴードン・ワッソンがメキシコのオアハカ州を訪れ、シロシビンを含有するキノコを試し、その際の幻覚体験をライフ誌に寄稿した。これによりアメリカの大衆はマジックマッシュルームの力を知ることとなる。
精神科では不安や鬱などに対する幻覚剤の治療効果が確認された。またシロシビンは60年代までに700人を超えるアルコール依存症患者に投与され、その半数は少なくとも2カ月は酒を飲まずにいられたという。
一方で、娯楽目的での乱用が広がって自殺や神経衰弱、恐慌状態を引き起こす事例が相次いだため、幻覚剤は違法薬物に指定された。政府からの研究資金も途絶えた。だが長年にわたり、アメリカ内外の少数の研究グループがマウスを使った実験を続け、シロシビンが人間の知覚を根底から変える理由を突き止めた。
LSDやシロシビンが非常に強力な効果を持つのは、分子の形状が特徴的で、神経細胞のセロトニン5H2A受容体とがっちり結合して長時間離れないからだ。受容体に結び付いたLSDやシロシビンは細胞内の信号を混乱させ、爆竹のような勢いで情報伝達を起こす一方で、他の神経細胞の活動を抑制したりもする。
脳の伝達パターンを大きく乱す
しかし、そもそも幻覚剤はなぜ深い精神的体験を引き起こすのか。そうした疑問の解明には臨床試験が必要だった。向精神薬を擁護する訴訟やロビー活動を経て、90年代の初めにFDAは幻覚剤などの「乱用薬物」を再評価し、研究の申請を受け入れる方針を示した。
2000年代半ばからはニューヨーク大学やカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)、ジョンズ・ホプキンズ大学など著名な大学で、神秘体験や末期癌、依存症を対象に臨床試験が行われた。さらに、脳スキャン技術は脳内のどの領域が活動しているかを観察することができ、薬が脳に与える影響の記録に貢献している。
LSDもシロシビンも、脳の神経伝達のパターンを大きく乱す。特に、計画、意思決定、連想など、世の中を解釈して意味を理解するために必要な高レベルの神経回路に関する脳構造のネットワークの結合と機能が阻害されると考えられる。
幻覚剤は、脳の中心部の近くにある視床網様核の機能にも影響を及ぼすようだ。視床網様核は感覚の信号の量を調節して、あるインプットに注意を集中し、他のインプットを遮断することができるようになる。