最新記事

精神医学

マジックマッシュルームがもたらす幻覚が、「鬱病」を劇的に改善

TRIPPY TREATMENTS

2022年1月11日(火)10時30分
アダム・ピョーレ(ジャーナリスト)

ネガティブな思考のループを断つ

幻覚剤がデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)をシャットダウンする効果に注目する研究者もいる。DMNは複数の脳領域で構成される脳回路で、ぼんやりした状態で「心がさまよっているときに働く回路」として知られている。ネガティブな思考のループに苦しむ鬱や不安神経症の患者は、この回路が過敏になっていることが多い。

プレスリーは治療を受けるまで、「自分は無駄な存在で、よくなる見込みはない」と自分に言い聞かせていた。こうした非生産的な思考の繰り返しは、精神医学では「反すう」と呼ばれる。ハーバード大学医学大学院のジェロルド・ローゼンボム教授によると、反すうは、鬱や依存症、強迫性障害などの精神疾患で重要な役割を演じる。

220111P42_MKM_02.jpg

プレスリーはマジックマッシュルームの成分を用いた治療で変化を感じている COURTESY OF AARON PRESLEY

プレスリーはシロシビンによる幻覚体験の際に、非生産的な反すうが止まった。頭の中の批判的で威圧的な声が消えたのだ。そして、ある程度の自己受容と、自分の人生に対する主体性がほの見えた。

こうした体験について、ウィスコンシン大学マディソン校の精神科医で鬱病を専門とするチャールズ・レゾンはフロイトの概念を引きながら、「自我」のスイッチが切れて「無意識」が自由に表れるようになる、と説明する。幻覚剤を服用している人は、普段は自分でも気が付かない内面の感覚や深い洞察が明らかになることが多い。

「幻覚剤が記憶と感情に関わる大脳辺縁系の領域を解放するという考え方は、(臨床試験に参加した)人々の報告と一致する」とレゾンは言う。

脳障害の患者の多くは「精神的・行動的なレパートリーが狭い」ために「最適ではないパターン」に閉じ込められて、自分では抜け出せないと、プレスリーが臨床試験に参加した研究の共著者で、ジョンズ・ホプキンズ大学精神医学・行動科学教授のマシュー・ジョンソンは言う。この「最適ではないパターン」は、反すう的思考や、物事が悪い方向に進むだろうと反射的に予想するといった行動として表れ、物理的には脳の異常な活動として観察される。

精神疾患の多くは、脳の異常な活動が見られる。特殊なニューロンの集合(回路)が硬直した神経伝達のパターンに陥り、他の脳回路との効果的な伝達ができなくなるのだ。そして、脳が新しい状況を解釈しながら反応するという柔軟性と機敏さが失われ、やがて病気になる。

「幻覚剤の作用が徐々に消えてなくなったとき、何らかの方法で脳のネットワークが再設定され、より健康的なパターンに戻るのではないか」と、50年以上にわたり分子生物学から幻覚剤を研究しているデービッド・ニコルスは言う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国、ハードテクノロジー投資のVCファンド設立=国

ワールド

金・銀が最高値、地政学リスクや米利下げ観測で プラ

ワールド

中国、26─30年に粗鋼生産量抑制 違法な能力拡大

ビジネス

26年度予算案、過大とは言えない 強い経済実現と財
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 5
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 8
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 9
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 10
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 5
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 6
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 7
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 10
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中