偽物か、奇跡の薬か? 「イベルメクチン」の真実
BOGUS OR MIRACLE DRUG?
確かに現時点でのコロナ対策について、科学は既に明快な結論を出しているように見える。今のところ重症化を防ぐ効果が認められ、安全性も担保された手段はワクチン接種のみ。米食品医薬品局(FDA)は新型コロナの治療薬としてはイベルメクチンを承認していないし、米疾病対策センター(CDC)に加え、アメリカの主要な医師薬剤師の団体もイベルメクチンの大量服用は深刻な健康リスクを伴うと警告している。
ただ、コロナ治療薬としてのイベルメクチンの有効性を調べる大規模なランダム化比較試験は今も行われており、まだ十分なデータは出そろっていない。そのためわずかながら科学的な不確かさがあり、そこに付け込んで左右両陣営が事実をゆがめ、過激な主張を競い合っているのだ。
「もっとデータが集まらないと」
「政治的な論争になっているが、もっとデータが集まらないと結論は出せない」と、ブルウェアは言う。
大半の科学者はイベルメクチンも抗マラリア薬のヒドロキシクロロキン同様、新型コロナの治療薬としては承認されないだろうとみている。しかしその予想が当たっても、より大きな、政治的熱狂を帯びた議論は収まらない。有効性と安全性が実証されていない薬でも、使用するのは個人の自由だ、と主張する人々がいるのだ。その是非をめぐる議論はアメリカでは建国以前からあったが、パンデミックで再び火が付いた。
主要メディアはおおむね、イベルメクチンは家畜用の駆虫薬であり、新型コロナに効くなどという考えはナンセンスだと一蹴している。だがこれは、この薬のより興味深い背景を無視した主張だ。
イベルメクチンを開発した製薬会社メルクは、かつてこの薬で年間10億ドルの売り上げを得ていた。大半が家畜用に販売されていたとはいえ、イベルメクチンは人の寄生虫駆除にも広く処方され、おかげで熱帯地方の風土病であるリンパ性フィラリア症やオンコセルカ症をほぼ撲滅できた。アメリカではアタマジラミと疥癬の治療薬として威力を発揮しており、日本の大村智博士らはこの薬の開発につながる発見で2015年にノーベル医学・生理学賞を受賞した。
イベルメクチンは抗ウイルス薬ではないが、パンデミックの初期に相次いで発表された論文は、感染細胞を使った実験で新型コロナの複製を抑える効果が認められたとしている。人間の患者に投与した初期の試験でも強力な効果があったと報告され、新型コロナの安価な治療薬になると期待された。用法・用量を守れば、副作用はごくわずかだ。抗寄生虫薬としては「数十年に及ぶ安全データがある」と、米病院薬剤師会のマイケル・ギャニオは言う。