最新記事

新型コロナウイルス

偽物か、奇跡の薬か? 「イベルメクチン」の真実

BOGUS OR MIRACLE DRUG?

2021年11月25日(木)18時44分
デービッド・H・フリードマン(科学ジャーナリスト)

211130P44_IWC_03.jpg

イベルメクチンを支持する上院議員のポール TOM WILLIAMSーPOOLーREUTERS

確かに現時点でのコロナ対策について、科学は既に明快な結論を出しているように見える。今のところ重症化を防ぐ効果が認められ、安全性も担保された手段はワクチン接種のみ。米食品医薬品局(FDA)は新型コロナの治療薬としてはイベルメクチンを承認していないし、米疾病対策センター(CDC)に加え、アメリカの主要な医師薬剤師の団体もイベルメクチンの大量服用は深刻な健康リスクを伴うと警告している。

ただ、コロナ治療薬としてのイベルメクチンの有効性を調べる大規模なランダム化比較試験は今も行われており、まだ十分なデータは出そろっていない。そのためわずかながら科学的な不確かさがあり、そこに付け込んで左右両陣営が事実をゆがめ、過激な主張を競い合っているのだ。

「もっとデータが集まらないと」

「政治的な論争になっているが、もっとデータが集まらないと結論は出せない」と、ブルウェアは言う。

大半の科学者はイベルメクチンも抗マラリア薬のヒドロキシクロロキン同様、新型コロナの治療薬としては承認されないだろうとみている。しかしその予想が当たっても、より大きな、政治的熱狂を帯びた議論は収まらない。有効性と安全性が実証されていない薬でも、使用するのは個人の自由だ、と主張する人々がいるのだ。その是非をめぐる議論はアメリカでは建国以前からあったが、パンデミックで再び火が付いた。

主要メディアはおおむね、イベルメクチンは家畜用の駆虫薬であり、新型コロナに効くなどという考えはナンセンスだと一蹴している。だがこれは、この薬のより興味深い背景を無視した主張だ。

イベルメクチンを開発した製薬会社メルクは、かつてこの薬で年間10億ドルの売り上げを得ていた。大半が家畜用に販売されていたとはいえ、イベルメクチンは人の寄生虫駆除にも広く処方され、おかげで熱帯地方の風土病であるリンパ性フィラリア症やオンコセルカ症をほぼ撲滅できた。アメリカではアタマジラミと疥癬の治療薬として威力を発揮しており、日本の大村智博士らはこの薬の開発につながる発見で2015年にノーベル医学・生理学賞を受賞した。

イベルメクチンは抗ウイルス薬ではないが、パンデミックの初期に相次いで発表された論文は、感染細胞を使った実験で新型コロナの複製を抑える効果が認められたとしている。人間の患者に投与した初期の試験でも強力な効果があったと報告され、新型コロナの安価な治療薬になると期待された。用法・用量を守れば、副作用はごくわずかだ。抗寄生虫薬としては「数十年に及ぶ安全データがある」と、米病院薬剤師会のマイケル・ギャニオは言う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、FDA長官に外科医マカリー氏指名 過剰

ワールド

トランプ氏、安保副補佐官に元北朝鮮担当ウォン氏を起

ワールド

トランプ氏、ウクライナ戦争終結へ特使検討、グレネル

ビジネス

米財務長官にベッセント氏、不透明感払拭で国債回復に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでいない」の証言...「不都合な真実」見てしまった軍人の運命
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 6
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 7
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 10
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 9
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 10
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中