偽物か、奇跡の薬か? 「イベルメクチン」の真実
BOGUS OR MIRACLE DRUG?
初期研究の不正とバイアス
米全土での過剰摂取件数の把握は難しいが、CDCとFDAにはイベルメクチン過剰摂取による重度の中毒症状の報告が相次いでいるという。イベルメクチンを求める人が急増したとみられる今年8月には、オレゴン州ポートランドの毒物センターが入院事例5件を報告。そのうち2件は集中治療が必要だった。
深刻なリスクを冒してイベルメクチンを自己投与することで期待できる効果はあるのか。答えは、おそらく「ほぼゼロ」か「皆無」だ。
当初の研究は主に昨年、および今年の早い時点で行われ、重症の新型コロナ患者に大きな効果があるとの結果を示しているように見えた。
リバプール大学のヒルは、これらの研究のメタ分析を最初に手掛けた1人だ。ランダム化比較試験11件の情報を統合し、今年7月に発表した論文で、イベルメクチンによって死亡率が56%低下したと結論付けた。
だが対象とした研究の1つにデータの誤りがあるとの指摘を受け、結果を見直したところ、肯定的な結果はどれも虚偽データやお粗末な研究デザインのせいで信憑性に欠けることが明らかになった。「不正やバイアスを排除したら、後には何も残らなかった」と、ヒルは語る。
ただし、初期研究が間違っていたからといって、イベルメクチンが全否定されることにはならない。答えを明らかにするため、対照群と比較して医薬品の有効性を注意深く検証する大規模な臨床試験を行うべきだと、科学者らは主張している。
イギリスではオックスフォード大学主導の下、患者5000人が参加する臨床試験「PRINCIPLE」が行われている。いずれも今年末までに予備的な結果が出る予定だ。米国立衛生研究所(NIH)には、より小規模な臨床試験約75件が登録されており、今後1年以内に豊富なデータがそろうだろう。
イベルメクチンの有効性が実証される可能性について、ヒルやブルウェアは楽観的な見方をしていない。とはいえ、重要なのはデータが出るまで待つことだと、両者は強調する。
だが臨床試験をしようと、未承認の新型コロナ治療へのアクセスを要求する大勢の声が消えることはないだろう。こうした風潮は、政府や医療界が推奨するワクチン接種を拒む姿勢と表裏一体だと、アメリカン大学(ワシントン)のルイス・グロスマン教授(法学)は指摘する。
アメリカにおける医学的助言・規制への反発を研究するグロスマンによれば、政府や医師への不信感は個人の判断や信条を重視する「医療の自由」というムーブメントの本質だ。