ミャンマー、米国人記者に禁固11年の実刑 バイデンの対軍政強硬姿勢が影響?
刑務所内でコロナ感染?
インセイン刑務所に収監中の7月にダニー記者は「コロナウイルスに感染したが、(刑務所には)十分な医薬品がない」と健康上の不安と医療体制の不備を訴えていた。その後9月20日に行われたダニー記者の公判はオンラインで刑務所内から「出廷」したことが明らかになっており、これが「コロナ感染対策の一環としてのオンライン出廷」との見方が強まり、ダニー氏の健康状態への懸念が高まっていた。
バチェレ国連人権高等弁務官はダニー記者らすべての報道関係者の「即時釈放」を求める声明の中で「非公開での不公正な裁判はミャンマーの記者が直面している苦境の象徴である」としたうえで「記者への弾圧、インターネットの遮断、オンラインその他の自由な情報へのアクセスを制限していることにより、一般市民から生命にかかわる重要な情報へのアクセスを奪っている」として軍政を厳しく非難した。
また国際的な人権団体である「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)」は米国籍のダニー記者に対する「禁固11年」という不当な判決には「ミャンマー軍政への経済制裁や国際社会での批判を強める米政府に対するミン・アウン・フライン国軍司令官ら軍政幹部の不満を反映した一種の人質外交ではないか」との見方を示している。
北角氏拘束との差いは?
ミャンマーでは日本人のフリージャーナリスト北角祐樹氏がクーデター直後の2月に反軍政デモを取材中に治安当局に身柄を拘束され、このときはすぐに釈放された。その後4月には自宅滞在中に再度身柄を拘束され、インセイン刑務所に収監された。そして「フェイクニュースを流した」との容疑で訴追を受けたが、日本政府や日本・ミャンマー関連団体の幹部らによる働きかけで5月14日に突然釈放されて国外追放となり、日本に無事帰国している。
この際ミャンマー側は日本との友好関係への配慮を釈放の理由としてあげたが、ダニー記者に関しては米政府が妥協する姿勢をみせないことから今回のような厳しい判決になったものとみられている。
ミャンマーではダニー記者の他にアウン・サン・スー・チー氏の経済アドバイザーを務めたオーストラリア人エコノミストでシドニーのマッコーリー大学教授でもあるシーン・タネル氏もクーデター直後から身柄を拘束され、公的秘密漏洩の容疑で訴追を受けて現在公判中であり、ダニー記者と同じような厳しい判決が予想されている。
[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など