最新記事

映画

「白人で通じる黒人」の祖父を持ったレベッカ・ホールが見つけたもの

2021年11月11日(木)18時50分
猿渡由紀

「PASSING -白い黒人-」今作で女優レベッカ・ホールは監督デビューした

<女優レベッカ・ホールが初監督、Netflixで全世界配信した映画で自分自身のアイデンティティに正面から立ち向かった>

イギリス生まれの女優レベッカ・ホールは、長いこと、世間の思う自分と真実のギャップに居心地の悪さを感じてきた。誰もが彼女を白人だと信じて疑わないが、彼女の中には、母方の祖父から引き継いだ黒人の血が流れているのである。

その祖父は、見た目が白人として通じることから、白人として生きてきた。そのことについては家族の中でも触れてはいけない秘密のように扱われ、ホールは自分自身のルーツやアイデンティティについて、ずっと煮え切らないものを感じていたという。

そんな彼女が、「PASSING-白い黒人-」で、その問題に正面から立ち向かった。11月10日にNetflixが全世界配信したこの映画は、ホールの監督デビュー作だ。

タイトルは、白人として「パスする」ということ

タイトルは、白人として「パスする」ということ。舞台は1920年代のニューヨーク。白人しか入れないところに時々訪れる黒人女性アイリーン(テッサ・トンプソン)は、ある日、そんな場所のひとつで昔の同級生クレア(ルース・ネッガ)に再会する。クレアは完全に白人と偽って生きており、人種差別者の夫すら真実を知らない。だが、アイリーンを通じて久々に黒人コミュニティに触れたクレアは、そこからどんどんアイリーンの生活に入り込んでくるようになり、アイリーンは複雑な思いを抱えるようになる。

Passing_Sc 11_Clare Room_v02r.jpg

「PASSING -白い黒人-」 Netflix

ホールが原作小説に出会ったのは、10年前。自分を白人と決めつけてくる人たちに対して何か言いたい気分になっていたホールに、ある人が手渡してくれたのだ。「それでやっと謎が解けたのよ」と、ホールはその時を振り返る。

「この本には、歴史的な背景や感情のニュアンスがよく書かれている。だから祖父の置かれていた状況が把握できたの。読んでいて、『おじいちゃんもこうだったのね』としょっちゅう思ったわ。なぜこれが家族の恥のように扱われてきたのか、秘密にされてきたのかが、やっとわかった。でも、これは、人種だけについて語るものではない。そこを入り口にして、アイデンティティを自分で決めることはできるのかということを問いかけてくる。自分はこうだと自分で思っていても、社会は自分に別のものであれと言ってきたりする。その衝突は、国境を超えて多くの人が経験することではないかしら」。

読んでいるうちにこれを映画にしたいと思い始めたホールは、読み終えるとすぐに脚本を書き始め、10日で書き終えた。モノクロで撮るというのも、この時から決めていたことだ。しばらく引き出しにしまわれたままになっていたこの脚本をようやく本格的に売り込み始めると、予想していた通り、多くの困難にぶつかることになった。そもそも、今のアメリカで、たいして儲からない大人向けのシリアスな映画は、なかなか作られにくくなっている。しかもホールには監督としての実績がないし、モノクロで撮影したいと言うのだから、簡単なはずはない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・メキシコ首脳が電話会談、不法移民や国境管理を協

ワールド

パリのソルボンヌ大学でガザ抗議活動、警察が排除 キ

ビジネス

日銀が利上げなら「かなり深刻」な景気後退=元IMF

ビジネス

独CPI、4月は2.4%上昇に加速 コア・サービス
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    ナワリヌイ暗殺は「プーチンの命令ではなかった」米…

  • 10

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中