ニルヴァーナの「全裸赤ちゃん」が児童ポルノなら、キリストの裸もアウト?
Swimming Through Time
ロック史に残るニルヴァーナのアルバム『ネヴァーマインド』(1991年)のジャケットデザインが児童ポルノと訴えられた PHOTO ILLUSTRATION BY SLATE
<ニルヴァーナ伝説のアルバム『ネヴァーマインド』のジャケット写真をめぐる児童ポルノ論争に、この30年の社会規範の変化を見た>
伝説的なグランジロックバンドのニルヴァーナが、アルバム『ネヴァーマインド』を発表したのは1991年のこと。素っ裸の赤ん坊が、水中で釣り針に刺さったドル紙幣に手を伸ばしている(ように見える)写真は、音楽史上最も有名なジャケットデザインの1つになった。
きっかけは、フロントマンのカート・コバーンがテレビで見た水中出産のドキュメンタリーだった。この番組から着想を得たコバーンが伝えたかったことは、「最もイノセントな人間でも、カネのとりこになることがある」だ。
時代は変わる。そして、時代は私たちを変える。
このジャケット写真の赤ん坊スペンサー・エルデンも、今は30歳。この8月末、『ネヴァーマインド』に使われた自分の写真は、商業的な目的で頒布された児童ポルノだと主張して、損害賠償請求訴訟を起こした。
エルデンが水中に漂っている写真は、カメラマンのカーク・ウェドルの友達だった父親が、半分おふざけで撮らせたものだった。謝礼は200ドル。もちろん、エルデンには自分の写真(しかもヌード)が使われることに同意する能力はなかった。
その後、『ネヴァーマインド』は3000万枚以上を売り上げ、コバーンとニルヴァーナは一躍スターの仲間入りを果たした。
現在は画家として活動するエルデンは、これまでに何度かパロディー写真(ただし水着などの服は着ている)を発表して、その名声を楽しんだ時期もあった。だが、いつまでたっても自分の赤ん坊時代の姿が付きまとうことに辟易したらしい。
美術館には赤ん坊のペニスが並ぶ
エルデンは、自分のペニスは音楽業界で最もよく知られているペニスの1つかもしれないと言う。だが、音楽業界という枠を取り外すと、史上最もよく知られている赤ん坊のヌードは、イエス・キリストのそれだろう。ルネサンス期の美術品を展示する美術館に行けば、神々しい赤ん坊のペニスを次から次へと拝むことができる。
そこに現代の規範を当てはめると、わが子の性器を世界の好奇の目にさらして、商業的に搾取しているのは......聖母マリアということになる。だが、こうした解釈は間違っていることを、美術史学者レオ・スタインバーグは96年の研究で示している。
スタインバーグは丁寧なリサーチにより、裸の赤ん坊のモチーフには神学的な意味があることを明らかにした。幼きイエスの裸体は、神が人を救うだけでなく、最弱者の姿をして人の前に現れたことを示しているのだ。