最新記事

米社会

ニルヴァーナの「全裸赤ちゃん」が児童ポルノなら、キリストの裸もアウト?

Swimming Through Time

2021年9月10日(金)12時16分
アン・ヒゴネ(コロンビア大学教授)

210914p52_sw02.jpg

裸体で描かれる幼いイエス MONDADORI PORTFOLIO/GETTY IMAGES

もちろん、今はそのような解釈はされない。コバーンが91年当時に考えていたことを、正確に知る方法はない(彼は94年に自殺している)。

だが筆者は、子供をモチーフとするアートを研究してきた者として、また『ネヴァーマインド』の発表後まもなく出産した母親として、あのジャケットに対する発売当時の反響が今とは大きく違っていたことは証言できる。

91年当時、あのジャケットは、理想主義が危険にさらされていることを完璧に表現しているように感じられた。

ドル紙幣に刺さった釣り針からは白い糸が伸び、写真には写っていない何者かによって引っ張られている。赤ん坊は写真のフレームいっぱいに両腕を伸ばして(まるで十字架にかけられたかのように)、紙幣を見つめている。構図的に紙幣は赤ん坊の目の前にあるが、水中なので決して手が届かないように見える。

私たちは思っていた。「赤ちゃん、魂を売っては駄目」と。まるで自分が、ジャケットの中の無防備な姿の赤ん坊のように感じられた。いつも水中に漂って、危険にさらされて、誘惑に向かって手を伸ばしている。その誘惑は、私たちをどこにも導いてくれないのだけれど。

このジャケットの素晴らしいところは、こうしたコンセプトと、デザインの完成度にあった。コバーンの着想と、ウェドルの写真、そしてアートデザインがわずかでも違っていたら、これほど一世を風靡しなかっただろう。

そこに赤ん坊のペニスが写り込んでいるかどうかは、さほど重要ではなかった。ただ、音楽ジャーナリストのマイケル・アゼラッドの著書によると、レコード会社は赤ん坊の性器が露出しているために、販売店が限定されるのではないかと心配した。

そこでコバーンは、ステッカーを貼ってペニスを隠すことを提案したという。「この写真を見て不快に思う人は、隠れ児童性愛者だ」というメッセージを入れて。だが、実際に発売されてみると、ジャケットデザインに対する批判はほとんどなく、ステッカーは不要となった。

30年で大きく変わった価値観

今、このジャケットは全く異なる受け止め方をされている。考えが変わったのはエルデンだけではない。幼年期の経験(性的虐待を含む)は、生涯にわたり影響を与えることが分かってきた。子供を守るために、大人は安全な環境をつくり、子供に覆いをかけるようになった。

その一方で、ソーシャルメディアで子供の姿をさらす親が増えている。親にとってはかわいい姿でも、本人は他人に見られたくない姿かもしれない。

『ネヴァーマインド』のジャケットが、エルデンの人生に大きな影響を与えたのは事実だろう。だが究極の皮肉は、あの赤ん坊が30年後、まさに金を求めて泳いでいることかもしれない(エルデンは15人の被告それぞれに15万ドル以上の支払いを求めている)。

私たちは、現在の価値観に基づき、過去を変えたいと切に願う。だが、過去にさかのぼって物事をやり直すことはできない。その代わり、未来を変えるしかないのだ。

©2021 The Slate Group

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

イタリア、中銀の独立性に影響なしとECBに説明へ 

ワールド

ジャカルタの7階建てビルで火災、20人死亡 日系企

ワールド

韓国国民年金、新たなドル調達手段を検討 ドル建て債

ビジネス

台湾輸出、11月は15年半ぶりの伸び AI・半導体
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...かつて偶然、撮影されていた「緊張の瞬間」
  • 4
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 7
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 8
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「…
  • 9
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 10
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキン…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中