最新記事

日本

「ヒュブリス」だった東京五輪が日本に残す教訓

THE TOKYO "HUBRIS" OLYMPICS

2021年9月8日(水)10時30分
西村カリン(ジャーナリスト)
東京五輪反対運動(5月18日)

国民の間には開催反対の声も強かった ISSEI KATO-REUTERS

<「安全・安心」とは何だったのか。IOCは「上から目線」だったが、政府はそれを事実上支持した。五輪関係者向けに厳しいルールを定めたが、非現実的で、ほとんどチェックされなかった。今大会はいわば「ヒュブリス五輪」だった>

いったい何回、聞かされたのか。「安全・安心な大会」と。

2020年3月に東京五輪・パラリンピックの延期が決まってから大会組織委員会の全ての記者会見で、1時間に少なくとも10回は耳にした。スローガンのようになっていた。

「安全・安心」とは何か? と私は何度も責任者に尋ねたが、確かな答えを得られなかった。

日本オリンピック委員会(JOC)の山下泰裕会長は「定義がないと思う」。組織委員会の森喜朗前会長は「基準がないよね」。

橋本聖子会長は「都民国民の皆さまにとって安全で安心できる大会を私たちがどのように開催しようとしているのか、皆さまに実感していただくには一層の情報発信の努力が必要だと認識している」と繰り返したが、一度もきちんと説明はしなかった。

五輪期間中に取材していて、強く感じたことがある。それは世論の強い反対にもかかわらず五輪が開催され、しかも新型コロナウイルス対策に抜け穴が多かったのは、IOC(国際オリンピック委員会)や世界に対して、日本が「NO」と言えなかった結果ではないかということ。

加えて権力者に、国民の意見より国のイメージを優先する傲慢さと、「日本ならできる」という妙なプライドや自信過剰があったのではないか。

「安全・安心な大会」と言えば多くの国民は、大会による新型コロナウイルス陽性者が出ないこと、いわゆる「バブル」の中にウイルスが入らないこと、日本での感染拡大が起きないことと理解していただろう。

では、現場での感染対策は十分だったのか。いくつかの場所を取材したが、事前に想像したより対策は中途半端だったと言わざるを得ない。

筆者は五輪開幕の1週間前からほぼ毎日、羽田空港の国際便到着ロビーの様子を見に行った。そこで働くボランティアなどを取材したが、予想以上に問題が多かった。

例えば、五輪取材のために到着したばかりの外国マスコミと一般人がロビーで全く分けられていない。一部の報道陣はすぐにATMを利用したり、喫煙室に行ってマスクを外して、たばこを吸いながら大きな声で話したり、コーヒーを買ったりしていた。

ボランティアに、なぜ彼らを指導しないのかと聞いたら、ほぼ全員が「自分の仕事ではない」と答えた。組織委員会の責任者は時々来たらしいが、私が20時間以上到着ロビーで過ごしても一度も見掛けなかった。

管理はほぼボランティア任せ。マスクを外したコーチが大声で知り合いを呼んだときも、誰も「マスク着用」を求めない。選手の情報を確認していた男性に「なぜ何も言わないの?」と聞いたら、「私は関係ない。旅行会社の者です。私の仕事は選手の名前と滞在ホテルの確認だけ」と言う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

オランダ半導体や航空・海運業界、中国情報活動の標的

ワールド

イスラエルがイラン攻撃と関係筋、イスファハン上空に

ワールド

ガザで子どもの遺体抱く女性、世界報道写真大賞 ロイ

ワールド

北朝鮮パネルの代替措置、来月までに開始したい=米国
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 3

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 4

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 5

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 6

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 7

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 8

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 9

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 10

    紅麴サプリ問題を「規制緩和」のせいにする大間違い.…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中