最新記事

日本

「ヒュブリス」だった東京五輪が日本に残す教訓

THE TOKYO "HUBRIS" OLYMPICS

2021年9月8日(水)10時30分
西村カリン(ジャーナリスト)

magSR20210908hubrisolympics-2.jpg

情報発信の基地となった五輪メインプレスセンター ROBIN UTRECHT-ANP SPORT/GETTY IMAGES

私はフランスの公共ラジオグループ「ラジオ・フランス」の特派員として、東京ビッグサイトに設置された五輪メインプレスセンター(MPC)で、IOCと組織委員会の共同記者会見に毎日出席した。

MPCで取材していて、驚いたことがある。ある日、プレスルームを5分ほど回ってみると、マスクを外した記者やカメラマンが20人いた。翌日は26人いた。

報道陣がルールを守っているか確認する責任者はいない。IOCの記者会見でそれを指摘したら、「マスクを外している人に、あなたが言えばいい」と言われた。

だから1回だけやってみた。マスクを外したフランス人男性記者に「Votre masque, s'il vous plait(マスクをお願いします)」と。

すると相手はものすごく怒って、「あなたは誰? 頭がおかしいおばさん。俺はワクチンを2回接種済みだよ。感染していない」。

行動管理には電子タグが必要

こういう駄目な「おっさん」に慣れている私はそれほど驚かなかったが、日本人の若いボランティアなら対応できないだろう。結果的に、メディア関係者にも感染者が出た。

なぜマスク着用を確認する職員がいなかったのか。飲食の場面は感染リスクを高めるが、プレスルームに飲食禁止の表示はなく、多くの人が食事をしていた。国民に説明されたルールと現場の現実は異なっていた。

その理由は、人材問題と役割分担ではないか。多くの仕事はボランティア頼みだったが、彼らは簡単な研修しか受けていないし、監視よりも「おもてなし」が役割だ。ルールを守らない外国人に文句は言いたくないだろうし、その権限もなかった。

だからこそ、責任を果たす監視者が必要だった。組織委員会やIOC、政府の誰が何を担当するかが明確にされてないことも大きな問題だ。こうした「無責任体質」を変えていくことは今後の日本の課題だろう。

マスクの着用すら確認できないのに、「来日した五輪関係者の行動管理を徹底する」と言われても信頼できない。来日した報道陣は一般人と接触しないと菅義偉首相は強調したが、実際には多くの外国人記者が15分以内ならコンビニなどで買い物をしてもいいと許可をもらった。

完全にルールを破った人もいる。ある記者は「来日した翌日、必要な機材を買うため量販店に行った。ばれないように(位置情報を管理されている)スマートフォンをホテルに置いていった」と告白した。来日の5日後、日本に住む知り合いとレストランで食事をした記者もいる。

MPCとIBC(国際放送センター)の外では夜間に5~10人の報道関係者が飲み会をしていたが、巡回する警察官は何も言わなかった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

利上げの可能性、物価上昇継続なら「非常に高い」=日

ワールド

アングル:ホームレス化の危機にAIが救いの手、米自

ワールド

アングル:印総選挙、LGBTQ活動家は失望 同性婚

ワールド

北朝鮮、黄海でミサイル発射実験=KCNA
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 4

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 5

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中