東大病院の癌治療から逃げ出した記者が元主治医に聞く、「なぜ医師は患者に説明しないのか」
筆者の元主治医で、東大病院病院長の瀬戸泰之氏(5月20日、東大病院) HAJIME KIMURA FOR NEWSWEEK JAPAN
<食道癌のステージ3を宣告されたベテラン記者が、主治医が治療方針について説明を尽くさないことに疑念を抱き転院した。退院後、元主治医への「取材」を通して見えた、日本医療の限界と課題とは>
元日経ビジネス記者でジャーナリスト歴30年の金田信一郎は昨年3月、突然ステージ3の食道癌に襲われた。紹介された東京大学医学部附属病院(東大病院)に入院し、癌手術の第一人者で病院長が主治医になったが、曖昧な治療方針に違和感を拭えず、セカンドオピニオンを求めて転院。しかし転院先でも土壇場で手術をせず放射線による治療を選択し、今では以前とほぼ同じ日常を取り戻した。
金田は先頃、自らの体験を題材にしたノンフィクション『ドキュメント がん治療選択 ~崖っぷちから自分に合う医療を探し当てたジャーナリストの闘病記』(ダイヤモンド社)を上梓した。7月20日発売のニューズウィーク日本版(7月27日号)「ドキュメント 癌からの生還」特集では、金田の200日の闘病記を16ページのルポルタージュにして収録。また、元主治医たちへの取材を基に、硬直化した現代医療の構造を解き明かした。
なぜ東大病院で、金田に手術以外の選択肢が示されなかったのか。治療方針について患者は医師の言いなりになりがちだが、果たして医師が決めた方針は常に「本当に最適な治療」なのだろうか。
自分の元主治医で、東大病院病院長・胃食道外科トップである瀬戸泰之氏に、金田が聞いた。
──瀬戸先生はウェブサイトで、「放射線治療の進歩や、分子標的薬の導入などにより、手術の役割が相対的に小さくなっていると考える方々が昨今多いかもしれない。手術だけで治すことが難しい方もいるし、様々な手法を組み合わせた集合的治療が必要な方もいる。だから、それらの治療を否定するわけではなく、いかにうまく組み合わせて行うかだ」という内容のことをおっしゃっています。ステージ3ぐらいまでは手術が標準治療になっています。これからも、標準治療は手術でやっていくのでしょうか。
そうだと思います。化学療法や放射線治療の専門家も、「手術がなくなることはない」と思っています。それぞれの役割や特性がありますから。患者のみなさんは、「放射線はどうですか」「抗癌剤はどうですか」と聞きますし、私たちも放射線や抗癌剤も実施しています。
ただ、それらと手術は役割が異なります。患者のみなさんはつい、これらを混同してしまいがちで、誤解されることも多いように感じます。
抗癌剤をなぜ実施するかというと、それは全身に(薬の効果が)行き渡るからです。目に見えないところまで薬を届けることができます。手術と放射線だけでは、全身に薬を届けることは絶対にできませんよね。
──局所、局部に効果がある治療ですね。
では、手術と放射線では何が違うかというと、放射線は患部を取り出すことができませんから、(組織の)顕微鏡検査はできません。ですから放射線は、基本的に癌のあるところに向かって当てます。
それによって癌が小さくなったら、「効果がある」と判定するわけです。ただ放射線は、広範囲には当てられませんから、ポイントに当てるには有力な治療と言えるでしょう。
一方で、手術では癌の周囲にあるリンパ節も一緒に取り出して、「転移がありました」「ありませんでした」という話ができます。これは放射線ではできません。これらを一緒に考えるから、どうしても誤解が生じてしまうのです。
──それぞれの治療の特性と、患者の状態によって、「これをやるべきだ」というのは変わってくるということですよね。
その通りです。