ワクチン接種で先行した国々に学ぶ国家戦略の重要性と、先行国が見据える未来
VACCINATION PRIDE
こうした態度は冷静で明確なメッセージを発し、堅実路線を維持する賢明さを証明しているとの声も、専門家の間では上がる。
「EU諸国の中には、アストラゼネカ製ワクチンの流通を停止し、数日後に再開するような2度のUターンをした国もあった」と、英スターリング大学行動科学センターのデービッド・カマーフォード上級講師は指摘する。「イギリスは針路を修正しただけ。規制当局がタクシー運転手だとしたら、より安心してハンドルを任せられるのはどちらだろう?」
イギリスとイスラエルの類似点は、すぐに見いだせる。「感染者ゼロを目指したオーストラリアや中国と違い、ワクチン接種が出口戦略であるべきだと、私たちは早々に気付いた」と、ワクチン接種についてイスラエル政府に助言するバルイラン大学のシリル・コーエン教授は言う。
イギリスと同様、出だしは悪かった。増え続ける死者数(累計約6400人)をめぐって、イスラエル政府は度重なる非難にさらされてきた。
カギは医療制度への信頼
救いの手になったのが、画期的な取引だ。イスラエル政府はワクチン供給と引き換えに、全国民約930万人を網羅する貴重な医療データベースへのアクセスを提供するとファイザーに提案した。
まさにウィン・ウィンの取引だ。合意によって、イスラエルは大量のワクチンを確保。同国の被接種者の医療情報を手にするファイザーは、一国全体を自社製品の実験場兼広告塔として利用するチャンスを得た。
匿名化されているとはいえ、医療データを外国企業に渡すのだから、プライバシー保護への懸念があったのは確かだ。それでも安全保障意識が高く、政府への個人情報提供に対する抵抗感が薄いイスラエルでは、これは支払う価値のある代償だった。
さらにイスラエルでも、当局は少数派コミュニティーの警戒感の解消に努めてきた。少なくとも初めのうち、多くの超正統派ユダヤ教徒やアラブ系市民は接種に消極的で、ワクチンが不妊症などの原因になりかねないという噂が疑念に拍車を掛けた。
不安解消に大きく貢献したのが、地域社会で尊敬される人物などを起用した周知活動だ。「イスラエル人は非常に現実的だ」と、コーエンは言う。「ワクチンを受けても、しっぽや耳が生えたりはしないと分かった途端、接種に積極的になった」
評価の高い医療制度が成功のカギになっているのもイギリスと同じだ。イスラエルでは、健康保険や医療サービスを担う4つの「健康維持機構」のどれかに加入することが義務付けられている。全国民に担当医師がいて、個別化した医療が受けられる先進国でもまれな制度だ。
接種を忘れたら、医師から電話がかかってくるのは確実と思っていい。「高度の信頼感が存在する」と、テルアビブ大学医学部公衆衛生学科危機管理・災害医療部門を率いるブルリア・アディニは語る。「新型コロナのワクチン接種も、いつもの予防接種と同じように受けられる」